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日本のIT革命は単なる『4度目の関ヶ原』だったんじゃないだろうか?~プログラミングより英語よりまずは『軍師官兵衛』を見せるべき~

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日本のIT革命は単なる『4度目の関ヶ原』だったんじゃないだろうか?
というタイトルのエントリを書こう書こうと思いついて早約1か月。
もう自分の中でもお蔵入りにしようかと思ってたんですが、このような議論がネット上でにわかに話題なようですので、やっぱり書いてみようと思います。

結論から先に言うと、僕は学校ではプログラミングより英語よりまずは『軍師官兵衛』を見せるべき、という非常に偏った考えですw
こういう偏った考えで良ければ以下読み進んでください。「うわぁ」と思った方は「戻る」ボタンを。


僕は最近、日本史の中で大きな日本社会の『ガラガラポン』は四度あったんじゃないかな~と勝手に考えています。

1度目は1600年の関ヶ原、
2度目は1868年前後の明治維新
3度目は1945年~1985年までの高度経済成長
4度目は2000年代のIT革命

この4度の(広い意味での関ヶ原)で親藩・譜代・外様がガラガラポンで入れ替わったんじゃないかと思います。
いや、入れ替わってない親藩・譜代・外様もいっぱいいますが、これらの「関ヶ原」によって「クラス替え」は確実に起こったと思います。

これはたぶん人類の科学技術の発展に連動している形で起きたのでしょう。
諸外国も第一次産業革命、第二次産業革命、IT革命に連動した形で国の構造はたぶん変わったでしょう。(知らんけど)

で、まず大事なのは「自分たちの国である日本の社会構造がどのように変わったのか?」を知ることだと思います。
僕なりの考えを以下に書きます。もう一度書きますが、考えは偏ってます。(今のうちに「戻る」を。。。)

日本という国は情報処理試験を見てもわかるように1度合格してしまえばその資格は関ヶ原でも起きない限りは永年続きます。
アメリカのベンダ系試験のように3年更新・5年更新という概念がないのです。

1度目の関ヶ原の体制が2度目の関ヶ原まで続き、
2度目の関ヶ原の体制が3度目の関ヶ原まで続き、
3度目の関ヶ原の体制が4度目の関ヶ原まで続きます。

で、過去4度の関ヶ原で規模が一番大きかったのが3度目の高度経済成長だったと僕は思います。
なぜかというと人類の科学技術を「更新」した国が我々の日本だったから。東京の山手線内側の土地価格でアメリカ全土が買えるという情況だったんです。
関ヶ原第三部の主人公はなんと!日本人だったんです。

なので日本は3度目の関ヶ原のインパクトが世界最大級に大きかった。
当然、そこで多くの親藩・譜代・外様、とそれ以外の人間の身分が確定した。
インドのカーストに近い身分制度がここで大きく確立してしまったようなもん。
(その名残で今でも子供に塾行かせたりしている親は気持ちはわかるけどたぶんもうあんまり意味ないと思う。)

今は日本の20代・30代が正社員や契約社員や派遣社員や言ってるけど、仕事内容はほとんど同じ。むしろ派遣社員のほうが一生懸命仕事してたりする。(切られるから)
この状態は外人には理解できないらしい。イザベラ・バード並みのジャパン・カルチャーショックw

なんでこういうことになってるのかというと、例外はあってもほとんど3度目の関ヶ原の時に決まった身分制度が子供の代にポータビリティしてるだけ。
ほとんどは親が「東軍」だったか、「西軍」だったかの違いに過ぎない。本人の学校の成績はほとんど関係ない。

今の学生に内定が出ない、出てもブラック企業で残業休出三昧だったりするのは単に自分の親が3度目の関ヶ原で「西軍」だっただけ。
逆にほとんど同じ学生生活でも内定がすぐ出たり、同じ会社内でも無意味に優遇されている人は単に親が「東軍」だっただけに過ぎない。

同じ「正社員」でも外様大名枠の「正社員」は地雷だったりするのです。

 

で、4度目の関ヶ原であるIT革命は日本の場合、そのまえの関ヶ原である高度経済成長のインパクトが大きすぎて微妙だったと思う。
だからあんまり大きな「ガラガラポン」にはならなかったんだと思う。実際、3度目の関ヶ原の体制を崩したくない大人達がホリエモンをよくわからない罪で刑務所に入れたりした。

3度目の関ヶ原の勝者は日本ではもう「公家」化しちゃってるんです。あまり働かなくてもお金が入る仕組みの上に乗っかっちゃってるんです。
今更そこを狙おうとしても無理なんです。箱舟はいっぱいなんです。

箱舟はいっぱい (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)

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夏野さんや三木谷さんはそんな状況の中で生き残った数少ない4度目の関ヶ原の勝者だとは思う。いろいろ大変だったとは思う。
だからプログラミングが大事だと考えるのはわかる。

でも本当にそうかな?と僕は思う。

ここからは本当に僕の意見だけども、たぶん次は5度目の関ヶ原が起こる。モバイルIT革命。で、たぶんメインの合戦上は世界で一番人口(マーケット)が多く、未だ発展しきってない『アジア』だと思う。

だから今の若者や子供は自分の適性を見極めて5度目の関ヶ原に「勝つ」戦略を構築すべきなんじゃないかと思う。
「プログラミング」だけで英語できるハングリーなインド人集団と渡り合っていけるかというとほとんどの日本人は厳しいと思う。

「プログラミング」と「何か」、「営業」と「何か」、「会計」と「何か」みたいな組み合わせが大事な気が僕はする。
言語で言うと「日本語」が話せるのは実は大きくて、その他に何言語話せるか?なんじゃないかと思う。

で、自分の適性によっては『戦わない』という戦略も大いにありだと僕は思う。
日本は今は大卒が多すぎてブルーカラーが足りないので、あえて日本に残って「英語」ができる「建築作業員」とか、「営業」ができる「介護職員」とか。「日本語が話せる」というのも日本のマーケットを狙えるという点でもちろんここでも大きな能力なので。

また東京に出ずに自分の生まれ育った土地に特化して能力を組み合わせればその市場は独占できると思う。「方言」「土地勘」「地縁・血縁・同級生」も大きな能力になる。それを捨てて東京やアジアに出ないほうがいいと判断するのもひとつの戦略だろう。

1度目の関ヶ原も人口の1割の武士だけの戦いで、9割の農民・町民には関係なかった。高度経済成長期でも大卒ホワイトカラーは3割程度。「中央」ではなくあえてニッチな「地方」で、しかも能力を組み合わせて生き残るもの戦略としては大いにありだ。

 

そしておそらく日本はこれから5度目の関ヶ原が起こっても3度目の関ヶ原のインパクトが大きすぎて4度目の関ヶ原程度のインパクトくらいしか生み出さないと思う。
それを理解したうえでアジアに打って出るか、あえて日本や地元に残るか。
すべては本人の適性と能力、そしてそれを元にした「戦略」だと思う。

つまりまず大事なのは「世の中は変わるんだ」という当たり前の事実。「万物は流転する」という事実。
で、次に大事なのは「じゃあどう変わってきたんだ?」という事実。

これについて夏野さんは「大河ドラマ見てればいいんですよ。」って言ってたけど、大河ドラマは当たり外れが大きい。スイーツ女子向けのやつ見せても仕方ない。
やっぱり僕は1度目の関ヶ原についてうまくまとまっている『軍師官兵衛』をまず最初に見せるべきだと思う。
できれば2度目の関ヶ原についてまとまっている『坂の上の雲』も。他は要らない、この2つを何度も見せる。
二つ合わせて合計60時間程度だ。ドラクエⅢクリアするくらいの時間はまず歴史を『表層読み』する為に費やす。

 

で、そののちに自分の適性に照らし合わせて、5度目の関ヶ原に対して「どう戦うか?」もしくは「どう戦わないか?」を考えるべき。

僕のようにプログラミング苦手な人間が無理やりプログラミング勉強して5度目の関ヶ原が起こってるのに日本国内で底辺IT土方やって病んでもしゃーないと僕は思います。インド人もバンバンくるし。

 

要約すると、これから大事なのは日本史年号やプログラミングの『丸暗記』ではなく、今までの人類の歴史の流れを元に、自分の「適性」を複数組み合わせた『戦略』だと思います。

5度目の関ヶ原は国籍・人種・宗教・年齢・性別関係なく70~80億人が入り乱れて戦うことになると僕は考えています。
3度目の関ヶ原・4度目の関ヶ原で「西軍」だった貧乏人が5度目の関ヶ原で戦うには「適性」からくる複数の「能力」の組み合わせだと僕は思います。

 

日本人は未だに『HDD容量の多さ』(記憶力)を競ってるのがダメなんです。

日本以外の国は隣の韓国・中国でさえ『CPUのクロック数』(戦略立案能力)を競ってるんです。

5度目の関ヶ原は2度目3度目の関ヶ原と違って『CPUのクロック数』(戦略立案能力)が命なんです。

 

けど、それはたぶん公務員である学校の先生や文部科学省に言っても理解不能だろうから、それを伝えるのが日本語で日本人が書いたブログであったり動画であったりするのだと僕は思う。

 

なんか思いついた順に書いてしまったのでまとまってないなー。ま、いいか。議論が起こればそれはそれで幸いです。
とりあえず、眠いので寝ますw

 

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