A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

人間の体は『食べたモノ』で出来ている。人間の心は『読んだモノ』で出来ている。

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昨日、「断捨離パンダ」ことおはぎさんのブログで糖質制限の記事があり、気になったので僕もいろいろ調べてみました。

僕もおはぎさんといっしょでテレビを持っていないので「糖質制限」という言葉は知っていたものの、世間で流行ってるとは知らなかったです。

 

糖質制限をまだ知らない方に僕が昨日、調べた「にわか知識」で簡単に言うと「米、パン、麺、糖分」を制限して脂質を減らすダイエット方法らしいです。
僕は去年の9月頃から玄米中心食に切り替えていたのですが、そもそも米自体がダイエットにはよろしくないようです。確かに痩せてない。。。
この糖質制限に関してはまだ仮説とも言われていますが、興味がわいたので今後も調べていこうと思っています。

 

しかしダイエットや食に関することを調べれば調べるほど、人間の体は『食べたモノ』で出来ていることを実感します。当たり前と言えば当たり前ですね。

 

では、それに対して「人間の心」はなにで出来ているのかと考えた時、僕は『読んだモノ』で出来ていると思います。

人間の発言やブログ記事内容は結局、その人が過去に『読んだモノ』を如実に反映していると思うんですよね。
体型を見ればその人の食生活がなんとなくわかるように、発言やブログ記事内容を見ればその人がどんなモノを読んできたかなんとなくわかる気がします。

 

「いや、俺はこういう暗い体験があったからこういう性格になってしまったんだ!!」
と言う人はいると思いますが、僕はそういう過去の体験、もしくは今の現状を「どうとらえるか」も結局、その人が過去に『読んだモノ』が影響していると思います。
同じ事象でも『ピンチ』と考える人と『チャンス』と考える人がいる。
辛い現実に『愚痴』る人と、『感謝』する人がいる。
すべては気の持ちよう、その気の持ちようは『読んだモノ』もしくは今現在『読んでいるモノ』の影響がかなり大きいと思う。

そして、それなら糖質制限と同じ要領で、『読んだモノ』から人間の心をポジティブにする『心の糖質制限』ができるんじゃないか、とふと思った。

こころ

こころ

 

 


その前に、、、、

世の中には「モノを読まない人」もかなりの割り合いでいる。
延々とテレビをリアルタイムで見ている人、パソコン立ち上げても延々と無料ブラウザゲームをしている人、電車の中で延々と無料スマホゲームしている人。

 

この人たちは「米、パン、麺、糖分」等の糖質を日常的に大量に摂取し続けることが「習慣」になってしまっていてる糖質依存症の人達と似ている気がする。
昔の食糧難の時代は食べるモノがなかったので「米、パン、麺、糖分」なんでもいいから目の前にあるものを摂取するべきだった。
でも、今の飽食の時代、それら炭水化物は摂取すればするほど脂質として脂肪になるだけ。むしろ眠気を誘発したり、人をイライラさせたりする。

 

同様に、テレビ番組やゲームもそれらが少なかった時代には意識しなくても適量の摂取で日常生活に潤いをもたらしていたのだろう。
けど、このテレビ・ゲーム飽食の時代には逆に人間の害になってしまっていると思う。テレビ画面も昔に比べて大きすぎる。

僕はこのGWに親に東京を案内したのだけど、テレビのない生活を長くしている僕がビックリしたのは、親がホテルについて部屋に入ってすぐにテレビをつけたことです。
確かに実家は常にリビングでテレビがついています。テレビのない生活に慣れている僕は逆に実家のテレビがずっとついている状態が気持ち悪くなるのですが、その環境にずっといる人は旅行中でもテレビをつけてしまう。


これって糖質過剰摂取している人と糖質制限している人に似ている気がします。(糖質制限しているおはぎさんも散歩中に大福食べて動けなくなっている)

「サブリミナル効果」というものがあります。
昔、映画のフィルムの合間にわからないようにコカコーラの写真を入れたらその後、コカコーラがバカ売れしたというあれ。
テレビ番組やゲームは無料であるがゆえにサブリミナルどころかモロにスポンサーの意向に誘導されやすい。商売ですから。タダより高いものはない。

なので『心の糖質制限』の第一歩はまずテレビを消す、ブラウザゲームをお気に入りから削除する、スマホ画面のゲームアイコンを削除する等が最初だと思う。
それで初めてスタートライン。


次に読む対象物を取捨選択する。

昔は「活字原理主義者」が多くいました。特に学校の先生や大学の先生。
僕も本は大好きだったので「テレビやゲームな人たちのクラスタには近づくな」という意味では確かに活字クラスタにいたほうがマシとは言えます。

しかし、昨日も書きましたが、活字の本もかなり玉石混交です。そして「玉」の本であっても大事なところは2~3割程度。これなら立ち読み読了可能な分量です。


さらに「活字原理主義者」は本を読んだだけで世界のすべてを知りえているようにふるまう人も多かったです。これは大きな誤解だと僕は思います。
活字情報は世界を理解するためのガイドブックではあるけど、けしてガイドブックを読んだだけでは世界を見たことになりません。
そんな当たり前のことも理解できない「活字原理主義者」は今も多いです。特に大学の壁の中から出たことがない人。(しかもこういう人の書く本がクソつまらんww)
そもそも「活字」になった瞬間にその情報は「過去のモノ」なのです。

 

僕はあと数年でかなりの本がkindle化していくと思います。そこで紙の本の多くが資本主義の風にさらされる。kindle化もされない、書評ブログにも取り上げられない本は「その程度の本」だったってことで。
なので紙の本とブログ等ネット上の「読み物」との壁はゆっくりとなくなっていくと僕は思います。


そうなると、kindleも含めたweb上の読みモノでなにをメインに読んでいるか、特に『スマホでなにを読んでいるか?』がその人の心の形成に大きく関与していると思います。

 

男性に多いのが2ちゃんねるまとめばかり読んでいる人。こういう人は話をしてるとなんとなくわかります。
適量なら僕も時々検索結果から読んだりしますが、スマホを覗きこむとずっと「まとめのまとめ」ばっかり読んでる人がいます。
そういう人は考え方も「2ちゃんねる脳」になってしまっていたりします。僕も1年ぐらいそんな時期がありました。
「2ちゃんねる脳」は確かにウィットにとんでいるネタとかもありますが、基本はネガティブコメントです。大体、何事もまず否定から入ります。

僕はこれは2000年代(2000年~2009年)くらいの「ネット文化」だと思うんですよね。20世紀の「テレビ文化」と同じで現在では少し古い。
適量摂取ならまだいいのですが「糖質化」しちゃってる人も多いと思うんですよね。


そう考えると『心の糖質制限』の最適解はやっぱり僕が先日書いた「ポジティブなブログを読み、ポジティブなブログを書く」になると思うのですがどうでしょう?

 


学生時代のポジティブな友達や、昔の職場でポジティブだった仲間っていつもポジティブな言葉を放っていたと思うんですよ。もう毎日ポジティブな言葉のシャワー。
でも住む場所が離れてしまったり、職場を変わってしまったりするとそういう人からのポジティブな言葉のシャワーを浴びれなくなる。
facebookで繋がっていたとしてもfacebook上ではほとんど発言しない人も多い。写真だけとか。もし長文を書いたとしてもタイムライン上で流れて行ってしまう。

 

けどブログで毎日、ポジティブな言葉を発している人は住む場所が変わろうと、職場が変わろうと、スマホを機種変しようといつでもポジティブな言葉を発し続けてくれる。

情報がビッグデータ化した情報過剰摂取の時代、そして雇用が流動化し、人の移動コストが下がった時代、大事なのは毎日見るスマホの情報を断捨離し、本当に大事な情報のみを取捨選択し、その「言葉」から自分の日常の「習慣」を変え、そして最終的に自分の「運命」を変えていくことだと僕は思います。

 

今回も最後はマザーテレサの言葉で締めたいと思います。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

 

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