A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

ミニマリストが、3.11の被災地で考えたこと。

【スポンサーリンク】

「日本人なら一度は3.11の被災地を見ておいた方がいい。」

という言葉を聞いたのは、確か2013年の秋くらいだった気がする。

確か、当時、僕が入っていたオンラインサロンの動画だった。(今は退会)

 

けど当時の、僕は、

「いや、でもなんか現地を見てきた人(当時の元仕事仲間)の話だと相当、すごいらしいし、物見遊山で行くのも被災者の方に失礼な気がする。東北は行ったこともないし、そもそも、今、手元にカネがない。。。」

って思ったw

 

それからしばらく経った2015年春、はてなブログに『ミニマリスト』なる人たちが集まって来て、僕も初めて『ミニマリスト』なる言葉を知った。

 

今まで僕のような『ミニマムライフコスト』なライフスタイルは日本の消費社会では理解されなかったんだけれども、

「やっと理解してくれる人達が現れた!!」

と思った。

 

海の向こうのアメリカでは続々と、この『ミニマリスト』が増えているらしかった。

アメリカではリーマンショックの頃くらいから増えて来たらしい。

 

で、日本で『ミニマリスト』が増えた要因は、どうやら3.11らしかった。

3.11以降、

「モノなんて、津波で流されたら終わり。むしろ地震が来ると『凶器』にさえなりうる。」

と、日本人は考え始めたらしい。

 

僕は学生寮生活がずっと長かったからか、モノは常に最小限だったし、生活で溜まったモノも引っ越しと共にさらにミニマムになっていた。

 

僕は自分を、3.11以降のミニマリストと区別して、

▼『先天的ミニマリスト』

と言うようになった。

先天的なミニマリストと後天的なミニマリストがいると思った。 - A1理論はミニマリスト

 

僕は3.11以前の00年代からずっとミニマムライフだったし、寮生活が長かったからか、

「日本にもっと『ゲストハウス』が増えるべき!!」

という考え方だった。

 

で、3.11以降、ミニマリストの増加に比例するようにゲストハウスも日本中に増えていった。

 

僕はそんなゲストハウスをブログで紹介していると、いつしか、

『ゲストハウス系ミニマリスト』

とも言われるようになった。

 

 

 

そして、

2017年9月18日夜。

 

3.11後の、2014年3月にオープンした▼仙台の『欅ゲストハウス』のちゃぶ台の部屋で、、、

仙台『欅ゲストハウス』は仙台の街歩きにも東北旅行の起点にもオススメ!『ジョ女子』にもベネ!! - A1理論はミニマリスト

 

僕は湯上りの身体で考えていた。

 

仙台には、この日とその前日に行われた▼宮城県栗原市の移住イベントの事前合宿取材のための足掛かりに来ていた。

宮城県栗原市『ゆるくておもしろい?移住』事前合宿を密着取材1日目!『出会いと自己紹介』 - A1理論はミニマリスト

宮城県栗原市『ゆるくておもしろい?移住』事前合宿を密着取材2日目!『フルサト』と『コミュニティ』 - A1理論はミニマリスト

 

東京ー仙台間は夜行バス(高速バス)が安い。

ただ、それは平日のみで、この祝日の日の夜に高い値段で夜行バスで帰るくらいなら、この『欅ゲストハウス』に1泊して帰るほうがむしろ安いくらいだった。

 

が、、、

 

仙台の街は1日目の朝にブラブラしてだいぶ見て周ったし、仙台城も先ほど、今回の取材旅行で新しく知り合った移住仲間が車で連れて行ってくれた。

 

「明日は『くつのむかで屋』で吉良吉影の領収書もらうことくらいしか、やることないなー。3.11の被災地も見てみたいけど、物見遊山で行くのもなんだし、交通手段もないなー。」 

って思ってた。

 

 

そしたら、とある40代らしき男性の旅人が、洗濯を終え、ハイボールの缶を持って話しかけてきた。

 

で、

「私、バイクで東北を周りながらブログを書いているんですよ。」 

 と言って、名刺を渡してきた!

 

▼名刺の肩書きには▼『自宅警備員兼プロブロガ~』と書いてあった!w 

f:id:A1riron:20170928175449j:image

 

僕は、

「僕もブロガーなんです!ワードプレスですか?はてなブログですか?」 

と、いっきにブログ話に!!w

 

僕もコンビニで『氷結』を買ってきて、ウェーイ!!w

 

いやー、まさか仙台に来てまでブログ話することになるとは!!

 

 

▼ブロガーネーム『タニミズ』こと水谷さんのブログ! 

電通ヤメマン自宅警備員☆

 

大手広告代理店を辞めて、今年の春から自宅警備員兼プロブロガー!

四国をお遍路したり、全国を旅したり、『るろうに』の僕のブログと似てますね!

 

で、今回の旅は、

「みちのく原チャ旅」 

の途中だったわけです!

 

で、水谷さんの過去記事をスマホでざーっと見てると、、、

 

なんと!

7月下旬に▼下諏訪マスヤゲストハウスにも宿泊してるじゃないですか!!w

 

記事を読みながら話すると、知ってる名前がどんどん出てくる!!w

ブログ仲間で元マスヤヘルパーの「ふじっぺ」が来年、埼玉県の深谷に作るゲストハウスの話題にもw

いやー、初めて宿泊した仙台のゲストハウスの夜にこんな話になるとはねーw

 

次いで、僕のブログを紹介すると、

「ああ、私も『ミニマリスト』的な考え方に近づいているんですよねぇ。」

とのこと。

 

今、このブログを書きながら▼水谷さんのプロフィールを読むと、確かにミニマリスティックだ!w

生き方の参考になればさいわいです^^ | 電通ヤメマン自宅警備員☆

 

ミニマリストというより、▼ダウンシフターズ?

減速して自由に生きる: ダウンシフターズ (ちくま文庫)

減速して自由に生きる: ダウンシフターズ (ちくま文庫)

 

 

僕の言葉で言うと、3.11以降の、

『後天的ミニマリスト』

になるのかもしれない。

 

水谷さんは、長く広告代理店で働いて来て、紙媒体に限界を感じて、ブロガーに転身したらしいです。 

 

そんな水谷さんはこの日、東北を北から南下してきて、仙台到着!

 

明日の午後は栃木の▼『非電化カフェ』に行くらしい。ミニマリスティック!!

 

僕が栗原の『ゆるくておもしろい?移住』の取材で仙台に来たことを話しすると、、、

 

と、下諏訪やブログ、ミニマリズムや移住について話したところで、

水谷さんは明日の午前、仙台近郊の被災地を見に行くと言う。

 

「僕も見に行きたいんですよねぇ。」

というと、

「じゃあ、原チャの後ろに乗せていきますよ!荷物はこの『欅ゲストハウス』に置いて行って、被災地見たあと、とりに来ましょう!」

とのこと!!

 

まさか、被災地を見に行けることになるとは!!

ゲストハウス・マジック!!w 

 

 

 

 

翌朝、僕的にはかなり早起きして、▼水谷さんの原チャリに乗りこむ! 

運転手と後ろの荷物置の間が僕の席!w

 

▼このテープに書かれた文字が自由人な感じでいい感じ!!w

 

一路、仙台から東へ!

僕らが向かうのは▼『閖上』(ゆりあげ)地区です!

閖上 - Wikipedia

 

水谷さんいわく、

「旅で出会った人と話したら『閖上は見ておけ』と言われたから。」

らしい。

閖上は仙台中心部からはそんなに遠くない。

 

原付の後部座席に乗るのはかなり久しぶりでしたが、水谷さんがスピードを落として走ってくれたりしたので、途中からは慣れてきた。

 

途中までは普通の景色が続いていたけど、東へ行くにつれてだんだん景色が変わってきた。

 

▼『閖上』地区到着。

震災から6年半経っても、復興はあんまり進んでないようにも見えた。

 

▼新しい建物はちらほら出来ている。

 

▼『閖上』の中心部と思われる場所に到着。

「なんか、石碑みたいなのが落ちてるなぁ。」

と思ったら、、、

▼こんな小高い丘がありました。

 

原チャリの後ろでキョロキョロとその近くを見渡した僕が、

「あ!なにかある!!」

と言ってモニュメント的なモノを指さした。

 

原チャリをとめて、2人で駆け寄ってみた。

 

▼見ての通り、周りは地平線の彼方まで平地な感じだ。

写真の建物はボランティアハウスだったかな?

 

▼モニュメントの前で無言になる水谷さん。

 

小高い丘の横にあるこのモニュメントは若葉の象徴らしく、津波と同じ高さらしい。

小高い丘の木は、津波にのみ込まれながらも高さゆえに、ギリギリ生き残ったんだと思った。

 

近くにあったかまぼこ工場。1階部分がえぐれている。

 

僕は2003年に戦争直後のイラクで見た廃墟がフラッシュバックした。

 

その壁面には▼こんな言葉が書かれていた。

『感謝』

 

▼閖上の資料館はあいにくお休みでした。仮説住宅風。

 

僕はこの時まで知らなかったんですが、

絵本『マンホールのステージ』の舞台になった「エミリのマンホール」。 

 

今、このブログを書きながら▼ググったら、、、泣いた。。。

東日本大震災の記憶を子どもたちに伝える絵本を出版したい!(てるい ひろえ) - クラウドファンディング Readyfor (レディーフォー)

 

今はほとんどなにもない閖上地区に▼『ふるさと閖上大好き』の看板。

 

復興に向かう閖上地区。

 

▼その前に立つお地蔵さん。

 

その横にも▼小さな祠が。

 

▼ここには喫茶店でもあったのかな?

 

で、一旦、戻ろうとしたんだけれども、、、

 

▼さっきの小高い丘のまえになにかあることに気づく我々。

 

そこにあった看板。防波堤を飛び越えて津波が襲ってきたことがわかる。

 

▼津波で変わってしまった町の風景。

この小高い丘は元々、神社だったようだ。今は石の鳥居もなく、木の鳥居が敷設されている。

 

▼神社の階段の手すりはクラウドファンディングサイト『Rady for』で資金が集められたようです。

 

今は▼簡素な神社になっていました。水谷さんと僕は交互に手を合わせました。

 

▼神社から閖上地区の海側を望む。かつて街があった場所には今はなにもない。

 

神社を降りると、、、

 

ちょっと見えにくいですが、震災からの年月と、

「またきてね」

の文字が。

 

神社壁面にはレンガで▼『閖上』の文字が。

 

その、神社・モニュメント・かまぼこ工場・資料館がある場所から少し原チャリに乗って行くと、、、

 

▼朝市の場所がありました!

 

この日は朝早すぎたのか、祝日だったからか、どこも空いていませんでした。

『メイプル館』は20分後にオープンでしたが、水谷さんの旅程があるので、仙台に帰ることに。

 

▼仙台までの道の途中は、大きな工場や新しいコンビニや住宅地などがポツポツと出来ていました。

 

その後、水谷さんの昔の知り合いが経営しているという▼仙台のカレー屋さんへお昼ご飯を食べに行った。

Cafe Palmyra (カフェ パルメイラ) - 陸前原ノ町/カフェ [食べログ]

 

 

そこで店主から聞いた話は、

「閖上地区の元住人は、閖上地区に帰りたがってるけど、市長が危ないので帰らないように言っている。」 

とのこと。

 

僕のようなバックパッカーな人間的には「そういう場所には帰りたくない」と思うんだろうけど、、、

『普通の人』にとって、何もなくても『故郷』は『故郷』なんだろうな

と思った。

家族や友達と暮らした、大切な場所なんだろう。

 

 

ところで、そのお店のカレーはめちゃくちゃ美味しく、水谷さんの話によると、その店主さんもダウンシフターな人らしい。

なので、ちょっとミニマリスト気質な気がした。

 

 

カレーを頂いたあと、『欅ゲストハウス』に水谷さんの荷物を取りに行く。

その時に、僕が昨日、少しうろうろした、仙台駅北の花京院のあたりを通る。

 

「そう言えば、昔、▼こんな記事を書いたなぁ。」

と、僕は思った。

『先天的ミニマリスト』は花京院典明の気持ちがめちゃくちゃわかる。 - A1理論はミニマリスト

 

 

というわけで、この記事を書きながら、僕は改めて、

「日本人なら一度は3.11の被災地を見ておいた方がいい。」

と言った人の気持ちが、遅ればせながらわかりました。

 

日本人なら、特にミニマリスト志向の人やダウンシフターズ系の人なら、

『人生』を改めて考えるにはちょうどいい判断材料になるんじゃないでしょうか?

 

特に、人生にいろいろ迷って考え込んでしまうくらいなら、仙台まで行ってしまったほうがいいと思いました。

 

ネット上で情報集めるより、現地に行ってしまったほうがいいです。

仙台からのアクセスは難しいですが、ゲストハウスや仙台駅で情報収集してもいいかも。ゲストハウスで出会った人と、仙台空港アクセス線『美田園』駅からタクシー相乗りとか。

 

 

人はいつ、突然、死ぬかわからない。

それなら、死ぬまでの間のこの短い時間、大切に使おう。

閖上の人の分まで。

 

と、

『先天的ミニマリスト』はこの日、考えた。 

 

 

 

この日の水谷さん視点の記事は▼こちら。

みちのく原チャ旅・9日目「4通りの生き方」 | 電通ヤメマン自宅警備員☆

 

 

追記:

ブログ仲間のナカヤママリコさんが『語り部タクシー』というものを利用して被災地を案内してもらったらしいです。

 

さらに検索すると『語り部ツアー』も結構、ありますね。

自分の行きたい東北の場所で、

「●● 語り部」

と検索すると出てくるかもです。

 

「ジャパン・ツーリズム・アワード」の大賞を受賞した南三陸のこの▼『ホテル観洋』の語り部バスがやっぱり有名らしいですね。

 

▼マリコさんの当時の仙台&南三陸の語り部ツアーの記事。