A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

ゲストハウスで承認欲求を満たす人。シェアハウスで承認欲求を満たす人。

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僕は今まで、

学生寮で4年間生活し、

欧米やアジアのゲストハウス(ユースホステル含む)にトータル約2年弱宿泊し、

20代後半は旅で会った奴とトータル1年ほどルームシェアしていました。

 

また、30代後半から、日本にでき始めたゲストハウスにも宿泊するようになりました。

 

同じ時期に始めたはてなブログでそんなゲストハウス記事を書くと、はてなやミニマリストと親和性が高かったのか、いろんな人がゲストハウスに宿泊し始めました!!

 

去年の夏、ゲストハウス紹介サイト『FootPrints』のクラウドファンディングに出資&ブログ宣伝したことにより、編集長の▼だりさんとも仲良くなりました!

クラウドファンディング『CAMPFIRE』の支援リターンで『FootPrints』のだりさんとSkypeしました! - A1理論はミニマリスト

 

シルバーウィークにはお互いの知り合いを集め、『ゲストハウス』×『ミニマリスト』オフ会も開催しました!!

『ゲストハウス』×『ミニマリスト』=『超楽しい!!!!!!』なシルバーウィークでした!! - A1理論はミニマリスト

 

 

そんなこんなで、今まで見て来たいろんな人のことを振り返ると、

・ゲストハウスで承認欲求を満たす人

と、

・シェアハウスで承認欲求を満たす人

の2種類の人がいるように思えてきました。

 

 

そう考えるようになった時、▼こういう記事がアップされました!

交流目的でシェアハウスに住むと痛い目をみる - ブログタイトル思いつかない

実際にシェアハウスに住んでた人の記事!w

 

これって、僕の学生寮のノリに酷似してるんですよねー。

 

学生寮やシェアハウスが好き過ぎる人って、なんかもう、その建物と一体化しちゃってるというか、その建物の一部というか、その建物が人間に憑依しちゃっているというか、、、

 

学生寮時代にもいたんですよねー。

「寮が好き過ぎる人」www

 

いや、僕も寮が嫌いじゃあないよ。

ていうか、寮が嫌いな人間は寮生活なんてできないだろうから、寮生は多かれ少なかれ、寮が好きだと思う。(エスタークでさえ)

 

でも、寮が好き過ぎる人は、もうなんか、愛寮心というか、寮を死守というか、寮のために生きてるんですよwww

もちろん、学校にもいかないし、外に用事があってもすぐ寮に帰ってくる。

寮生と仲良くするために麻雀を覚える、みたいな。(ちなみに寮での麻雀は廃人コースですwww僕はけして麻雀を覚えなかったwww)

 

僕にとっては寮は『ツール』にしか過ぎなかった。

東京に行きたくて、行きたくて、行きたくて、田舎で発狂しそうになってたくらいの僕にとっては、『東京』という場所が、おもしろくて、おもしろくて、おもしろくて、仕方がなかった。

 

けど、『寮』が好き過ぎる人間には、

「お前は寮にいない!」

とか、寮の総会で言われた。

いやいやいやいや、寮の仕事はやってるんだから(自治寮だったので)、それ以外の時間はどこでなにやっててもいいだろwww

 

なので、『シェアハウスが好き過ぎる人』はそういう寮生と同様、『シェアハウス』自体がアイデンティティになっちゃってるんだと思う。

もちろん、シェアハウスに住んでいる人全員がそういう人じゃないと思います。あくまで一部の人。

 

でも、農耕民族の日本人からしてみれば、そういう人のほうが主流なのかも、とか、思ってしまう。

 

地元の祭りとか、完全に地元にアイデンティティがある人達の集会でしょ。

「祭りで死ねれば本望」とかwww

 

『家族』というのも、もしかしたらそれの最小単位なのかもしれない。

 

 

でも、人間って距離が近すぎると『良い部分』より『悪い部分』が目立って見えてしまう気がする。

▼『ハリネズミのジレンマ』ですな。

ハリネズミのジレンマとは - はてなキーワード

 

 

逆にゲストハウスって、本当、『一期一会』。

名前も名乗らないし、名乗ってもハンドルネームや偽名だったりするwww

 

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(▲マスヤゲストハウスのその夜の宿泊メンバーで作った餃子!w超美味しかった!!)

 

 

毎日、シェアハウスで会ってたり、職場で会ってたり、近所に住んでたら『しんどい人』かもしれないけど、『一期一会』だから、その人の『良い部分』にフォーカスされる気がする。

 

この絶妙な距離感が僕は好きだ!

 

 

2007年に発売された▼この本に、タイ・バンコク・カオサンロードのゲストハウスに『沈没』(長期滞在)している『律子さん』という日本人女性が出てくる。

日本を降りる若者たち (講談社現代新書)

日本を降りる若者たち (講談社現代新書)

 

 

その『律子さん』は著者の下川さんに向かって、こう話す。

「ゲストハウスの人間関係が好きなんです。

長くいる人もいるけど、基本的に旅行者でしょ。

あるとき、宿で一緒になって、いろんな話をして、そしてそれぞれの目的地に旅立っていく。そういう関係っていうのかな。

近づきすぎず、遠すぎずっていうような関係、日本じゃできないんです。

 

だからここにいると、いろんな話ができる。

私、名古屋に住んでるんですけど、そこにいるより、なにか心を開いて話すことができるような気がするんです。不思議なんですけど。」

 

この感覚なんですよ!!

僕が求めてるのは!!ww

 

『律子さん』が、

『日本じゃできないんです。』

というのは、、、

日本社会が基本的に「シェアハウス的な構造」になっていて、「ゲストハウス的な構造」になってない、

とも言えるんじゃないかな??

 

 

「ゲストハウス的な構造」は日本人の間では敬遠されると思う。

どこか「風来坊」的なところがある。

20歳前後ならまだしも、30歳過ぎたらおいおい、的なww

おまえは「るろうに」かよ、的なw

(働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!!ゲスハの極み、アッ―!!)

 

「ゲストハウス的な構造」はどちらかというと、欧米人的な感覚なのかもしれない。

基本的に「初対面」なので、『違い』を尊重する文化。

 

 

逆に「シェアハウス的な構造」は基本的に「場」重視なので、『一体感』を尊重する文化。これは日本の「会社」もそうですな。

 

 

でも、僕のような「場」の『一体感』に息苦しさを感じてしまうような、マイペースな社会不適合者は、シェアハウスではなく、ゲストハウスで承認欲求を満たす人間だ。

一度、泊まったことのあるゲストハウスには『ルーラ』で飛べるようになるよ!『ルーラ』で飛べる場所が増えれば増えるほど人生は楽になる! - A1理論はミニマリスト

 

 

今までの日本では『律子さん』が言うように、ゲストハウス的な場所はなくて、マイペースな社会不適合者はアジアに逃げていたり、「俺の居場所はこの世にない」と絶望して「この世」から逃げてしまったりしていたと思う。 

(実際に卒寮した寮生には何人かはそういう人がいた)

 

 

でも、日本にもゲストハウスがいっぱいできてきた現在、

ゲストハウスで承認欲求を満たす

という体験を、是非、多くの日本人に味わってもらいたいな、と、僕は思っています!