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A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

家は洩らぬほど、食事は飢えぬほどにて足ることなり。(千利休)

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いやはや、ミニマリストですね!千利休さん!!

千利休 - Wikipedia

 

さすが、弟子の古田織部の茶席で籠の花入の下に薄板を敷いていないのを見て感じ入り、

「この事に関しては私が弟子になりましょう!」

とまで述べただけのことはある!!ww

 

つまり、

「『断捨離勝負』で弟子に負けた!!」

ってことですなww

 

キッチンマットや食器入れさえも使ってない名もない『S級ミニマリスト』に、『A級ミニマリスト』ブロガーが勝てなかった、みたいなwww 

 

日本人のこころの言葉 千利休

日本人のこころの言葉 千利休

 

 

しかし、wikiを見てると、千利休さんのミニマリストっぷりが垣間見えますねぇ。

 

利休の茶の湯の重要な点は、名物を尊ぶ既成の価値観を否定したところにあり、一面では禁欲主義ともいえる。

その代わりとして創作されたのが楽茶碗や万代屋釜に代表される利休道具であり、造形的には装飾性の否定を特徴としている。

名物を含めた唐物などに較べ、このような利休道具は決して高価なものではなかった点は重要である。

 

これを読む限り、利休さんは『シンプルライフ』が大好きだったとお見受けする!w

しかも、けして高価な『モノ』を求めない、『シンプルライフ』。

 

それまでは4畳半を最小としていた茶室に、庶民の間でしか行われていなかった3畳、2畳の茶室を採りいれ、躙り口(潜り)や下地窓、土壁、五(四)尺床などを工夫した。

 

茶室自体もミニマムにしたんですねぇ~。

2畳って、相当狭いよ!w

 

ジョジョ3部アニメで、ジョセフが空条家の茶室に入り、

「なんじゃ~!この狭い部屋は~!!」

というシーンがあるけど、これは利休の仕業だったわけですね!!

(9畳・畳太郎!!)

 

露地」も利休の業績として忘れてはならない。

それまでは単なる通路に過ぎなかった空間を、積極的な茶の空間、もてなしの空間とした。

 

このことにより、茶の湯は初めて、客として訪れ共に茶を喫して退出するまでの全てを一期一会」の充実した時間とする「総合芸術」として完成されたと言える。

 

これって、なんとなく、

「ゲストハウス・バーと似てる!」

と思いました。

 

ゲストハウスって、本来、寝るだけの空間なんだけど、そこに併設バー(または開かれた交流スペース)があるだけで、そこがゲスト間の『一期一会』の充実した時間になる。『総合芸術』という言葉もステキだ!

日本のゲストハウスは『総合芸術』!!

 

千利休さんは、「茶」を通した、シンプルな空間での『一期一会』を楽しんだんでしょうね。

 

▼まさに「わび茶」の精神である、

わび茶 - Wikipedia

▼「わび・さび」ですな。

わび・さび - Wikipedia

 

わび侘びとも)とは、

「貧粗・不足のなかに心の充足をみいだそうとする意識」

 

さび寂び然びとも)は、

「閑寂さのなかに、奥深いものや豊かなものがおのずと感じられる美しさ」

 

ゲストハウスも本来は宿泊するだけのシンプルで質素な宿ですが、そこにシンプルな『美しさ』や『一期一会』の要素が加わることで『総合芸術』に昇華されていっている気がします!

 

 

というわけで、タイトルの言葉ですが、、、

 

現代日本では餓死する可能性はかなり低いです。

餓死することは難しく、太ることのほうが簡単で、むしろ痩せることのほうが難しいくらいです。(僕も最近、リバウンド気味だし。。。)

 

なので、

『飢えぬほどの食事』は、この時代の日本人なら多くが施されている

と言えるでしょう。

(そうでない人はとりあえず交番にでも駆け込みましょう!wたぶんかつ丼くらいは食べさせてくれるはず!)

 

 

となると、次は『洩らぬほどの家』でいい、と考える人が出てくるのは論理的帰結のような気がします。

 

▼『小屋フェス』的な。

長野で開催されていた第1回『小屋フェス』は行かなかった人が可哀想なくらいの神フェスでした! - A1理論はミニマリスト

アイムミニマリスト

アイムミニマリスト

 

 

日本でミニマリストが増えてきたのも、ある意味、

「衣食足りて、礼節を知る」

ではないですが、

「バブル過ぎて、ミニマリズムを知る」

に至ったからじゃないでしょうか?

 

 

ちなみに、利休は最後は秀吉に切腹を命じられます。

 

『天下人』になって、バブリーになった秀吉は、もしかしたらミニマリスト・利休が気にくわなかったのかもしれません。

なにしろ秀吉は『黄金の茶室』を作ろうとしたくらいですから。マキシマリスト過ぎるw

 

(まぁ、しかし、そもそも秀吉が『天下人』になれたのも、ミニマリストである軍師・黒田官兵衛のおかげなんですけどねぇ。。。)

 

 

で、

「バブリーなマキシマリスト」と、「足るを知るミニマリスト」の冷戦

は現在も続いていて、

ミニマリストはこの大量生産大量消費社会では度々、迫害されますw

 

 

ま、しかし、僕はどれだけ迫害されても、 

『家は洩らぬほど、食事は飢えぬほどにて足ることなり。』

というこの言葉は真理だと思っています!!

 

 

いくら「国」が豊かになっても、

人間の「心」が豊かにならないと意味がない。

と、僕は考えます。 

 

 

で、僕は、

『心の豊かな人』とは、すべての人間の存在を『肯定』できる人

だと▼考えています。 

すべての人間の存在を『肯定』できる人こそが、一番『余裕』がある『豊か』な人なんじゃないかな? - A1理論はミニマリスト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、ミニマリストというより、単なる貧乏人で、その割には最近、太ってる、こんな中年フリーターの貧乏記事が『バズってどうする!?』