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A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

倹約の仕方は、不自由なるを忍ぶに在り。この世へ客に来たと思えば何でもなし。(伊達政宗)

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ミニマリストチックな発言ですね!政宗さん!

伊達政宗 - Wikipedia

さすが、大阪の陣出陣の前夜、翌日の先陣を願った片岡重綱に、

「そのほうに御先鋒仰せ付けられず候て、誰に仰せ付けられるべきや」

と言って重綱の頬に接吻した、との記述が『片倉代々記』に残っているだけのことはある!!

ウホッ!!いい独眼竜!!

馬上少年過ぐ (新潮文庫)

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全く持って蛇足ですが、僕の九州の本家の家系図にはうちの一族はこの伊達家と遠い遠い親戚ということになっていますw

ホンマかいなw

ウホッ!! 

 

 

しかし、この言葉いいですねー!

僕の言葉で言うと、

「ミニマリズムは不自由なるを忍ぶに在り。ゲストハウス生活をしていると思えば何でもなし。」 

ですかね?(笑)

 

 

まぁしかし、伊達政宗の時代に比べたら、今はパソコンもあるし、スマホもあるし、コンビニもあるし、スーパーも24時間やってる。

 

ミニマリズムと言ってもそんな『不自由』だと僕は思いません。

 

むしろ、僕は家の中にモノがいっぱいあるほうが不自由ですねー。

何ていうか、束縛感がありえない。

 

完全に『先天的ミニマリスト』ですね。本当にありがとうございました。

 

 

今、これを書いてて気付きましたが、僕は、

『倹約・節約』も好きな上に、

『モノがないほうが自由』だと考える上に、

『旅やゲストハウスが好き』な人間ということで、、、

 

ミニマリストになるべくして生まれてきたような人間なんじゃないかな、と思います。

 

 

で、こんなことを言うとなぜか、

「かっこいい!」

とか言ってくるスイーツ女子とかがいてビックリするんですが、まぁかっこいいかどうかは別として、特にいいもんでもないような気がします。

 

まず99.99%の人間と話が合わない(笑)

故郷で話の合う人間がいなかったので、東京のマンモス大学に入りましたが、ここでも話が合う人はおらず、東京の大学でインターネットというものを知って、学内掲示板に書きまくり、その後、メーリングリスト、mixi、と、転々とネット上のコミュニティを渡り歩きましたが、そこでも話が合う人間には出会えず、、、

長期で海外をバックパッカーしたりしてみましたが、バックパッカーとはそこまでも話は合わず、、、

リアルで仕事仲間と飲み会してましたが、そこでも話が合う人はおらず、、、

 

正確に言うと「話はあっても、気はあわない」という感じですね。

言葉は通じるけど、同じ種族ではないな、みたいな。

 

 

で、もうなんか生きる意味もよくわからなくなってきた時に、

今年に入ってからミニマリストとか、ゲストハウス好きな人とか、ブロガーとかに会えて、今年は僕の人生の中でめちゃくちゃ充実した年だった気がします。

 

貯金はなくなりましたが、お金なんてまた働けば入ってくるんですよね。

それより「話の合う人」達に38歳にしてようやく巡り会えたというか、本当、▼花京院典明の気持ちがめちゃくちゃわかるんですよねー!!

『先天的ミニマリスト』は花京院典明の気持ちがめちゃくちゃわかる。 - A1理論はミニマリスト

(そう言えば「花京院」というのも仙台の地名ですねw)

 

 

なので、伊達政宗さんの言葉を僕の人生に当てはめると、

 

「倹約を『自由』だと思える人に出会えない人生こそが『不自由極まりない人生』であり、倹約を『自由』だと思える人と、ゲストハウスに泊まりに行きたい。」

 

というのが、僕のずっと抱いていた希望であり、願望であり、

それが叶った今年は、僕の人生の中でエポックメイキングな年でした。

 

 

何度も書きますが、本当、長生きはするものです。

 

 

今、生きようか死のうか迷ってる人は、とりあえず、ゲストハウスにでも泊まって、ゲストさんやオーナーさんやスタッフさんとくだらない話でもしながら時代が変わるのを待つのがいいですよ。

 

時代が変われば理解者も出てくるかもしれません。

死んだら理解者には永久に会うことが出来ないですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、こんな伊達政宗の言葉と全く関係ない、単なる自分語りの記事が『バズってどうする!?』