A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

『心』で見なくちゃ、ものごとはよく見えない。(サン・テグジュペリ)

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『目』や『言葉』よりも、『心』の重要性を理解していますね!

サン・テグジュペリさん!!

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ - Wikipedia

さすが、パイロットで、自ら志願して実戦勤務で北アフリカ戦線へ赴いたのに、着陸失敗による機体破損事故を起こし、1943年8月に飛行禁止処分(事実上の除隊処分)を受けてしまっただけのことはある!!

星の王子さま―オリジナル版

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  • 作者: サン=テグジュペリ,Antoine de Saint‐Exup´ery,内藤濯
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
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ちなみに、僕は▲『星の王子さま』を何度読んでも途中で寝てしまいますw 

死ぬまでには完読したいと思っていますw

 

 

しかし、このタイトルの言葉、本当に真実だと思います。

 

『目』で見る、『言葉』で読む。

それは確かに大事なんだけども、『真実』は、それを『心』で理解した時に初めて『理解』されるんじゃないかな、と思います。

 

『目』で見る『映像』も、『言葉』も、究極的に言えば『目』というインプット器官から入ってくる映像データ・音声データに過ぎず、それは分解すると、「0」と「1」のデータ配列にしか過ぎない、と、僕は思っています。

 

その「0」や「1」という映像データ・音声データを『理解』するのが『心』の役割なんじゃないかな、と、僕は思います。

 

人間が無駄に重要視している『脳』という器官は単なるCPUであって、データ処理に関しては優秀だけど、そこに『心』が伴ってなければ、それは脳内の電気信号を処理するだけの単なる「電子計算機」なんじゃないかな?

 

大事なのは、

「『心』で感じて、記憶する。」

ことなんじゃないかな?

 

ここで僕が思い出した動画は▼これ。

www.youtube.com

 

電車の中とかでこのブログを読んでいて動画で再生できない方のために要点をまとめると、

 

・本や映画は漫才師には役に立たない。単なる自己満足。

・漫才師は『心』で記憶する。

・強く思ったことは『脳』ではなく『心』で記憶する。

・高校の時の数学の公式は『脳』で覚えたから思い出せない。

・高校の時にツレとしゃべった言葉は一生忘れない。『心』で記憶しているから。

・『心』で記憶するコツは「才能」で「感情の起伏」が激しくないといけない。

・売れてるタレントだけ涙を流す歌がある。その人たちは『心』で記憶できる人たち。

・絶えず「『心』で記憶する自分」にならないといけない。

 

(ちなみにこの動画のシリーズは全編、神動画なので、時間があるときにまとめて視聴することをオススメします!)

 

 

僕は『心』で記憶する回数が多い人生こそが「実りの多い人生」だと思う。

つまり『感動』の多い人生こそが「意味のある人生」なんじゃないかな、と思う。

 

 

そのためには『脳』で記憶する容量をとにかくミニマムにし、

『心』で記憶できる容量につねに「余裕」を持たせておくべきなんじゃないかな

と思っている。

 

 

『日記の魔力』の表三郎は、

『知識を習得しすぎると、知恵が湧かなくなる。』

と言った。

 

これは、

『頭』で考え過ぎると、『心』の感度が鈍くなる

と言い換えることができるんじゃないかな?

 

 

しずかちゃんのお父さんも、

「『人の心』がわかるということが、人間にとって一番大事な事なんだ。」

って言ってた。

 

 

 

人間は大人になればなるほど、『頭』で考えるようになってしまって、感情の起伏もなくなり、『心』で記憶する容量が圧迫され、それが余計に感情の起伏を減らす、

という悪循環になっているんじゃないかな?

 

で、わけのわからないところで無駄に『感情的』になる。

 

 

 

大人になればなるほど、今までの人生で経験したことから来る脳のデータ容量は逼迫されてくる。これは当然だ。

 

なので島田紳助のように、あえて本や映画を観ずにデータ容量を減らす、というのもひとつの手だろう。

 

 

けど、表三郎のように『日記』という『外付けハードディスク』に脳内データをあえて「逃がす」ことにより、常に『心』の要領に「余裕」を持たせることで感受性を最大化し、いつでも『心』で記憶できる態勢にしておくことがベストなんじゃないかな?

 

 

そして今の時代はブログもあるし、スマホもある!

『脳』で記憶したことも、また『心』で記憶したことも、逐一、「仮想的な外付けハードディスク」であるブログに残しておくことで、

どんな新しい出来事も『心』で記録し続けられるようになるんじゃないかな?

 

 

人によっては、それが「子供っぽい」と思われるかもしれない。

 

けど、

子供のように『心』で事象を観察し、

大人として今まで蓄積した『外付けハードディスクのデータ』を元に、その事象を解析する。

というのが「理想の人生」なんじゃないかな?

 

 

そして、その『心』というアナログな感情と、『脳』というデジタルな体内器官との、アナログ-デジタル変換機能を有した人間こそが、漫才師に限らず、「優秀な人間」であり、

 

真に「論理的」かつ、真に「感情的」な人間なんじゃないかな?

 

と、僕は思っている。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、こんなおっさんのこんな子供っぽい記事が『バズってどうする!?』