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A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

くだらないんだけど「深い」エッセイ集!『晴れた日は巨大仏を見に』宮田珠己

旅-国内 暇つぶしにどうぞ 暇つぶしにどうぞ-ネタ
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今日は休日で、日頃の労働の疲れがどっと出て、昼過ぎまで、ゴロゴロしていました。

ま、いつものことだけど。
 
で、スマホで天気予報見ると、雨が降るらしく、予定していた布団干しもできず、ゴロゴロしながら、枕元に転がってるいくつかの本からとある本を手に取りました。
 
▼『晴れた日は巨大仏を見に』
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晴れた日は巨大仏を見に (幻冬舎文庫)

晴れた日は巨大仏を見に (幻冬舎文庫)

 

 

この本の著者である宮田珠己氏は、元々アジアメインの海外旅行エッセイを多く書いてる人だったんですけど、最近は日本国内旅行メインのエッセイを多く書いてます。
その国内旅行エッセイの中で僕がズバ抜けて面白いと思う本です!
 
その魅力は、宮田氏のいつも通りの軽いエッセイ調ながらも、時折、「人生」や「人間」を考えさせられる部分が出てくることです。
 
旅のメイン目的は巨大仏巡り。
日本は昭和から平成のはじめにかけて、つまりバブル期に日本中にかなり多くの大仏が建立された、それを巡る旅。
 
▼巻末に『日本巨大仏MAP』もついていますw
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その中でも最大の茨城県の牛久大仏の大きさを表した▼拾い物の画像w
もうね、マキシマリズムにもほどがあります!!w
そしてガンダム、ちっちゃ!!ww
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そんな日本中の巨大仏を巡る旅の記録。
それだけでも十分面白いんだけど、その所々に、人生観、人間観を語る描写が出てきて、考えさせられる。
 
「くだらないモノを読みたいけど、でも、くだらなさすぎるモノは読みたくない!」
という気分の時に読むのがオススメです!w
 
晴れた日は巨大仏を見に (幻冬舎文庫)

晴れた日は巨大仏を見に (幻冬舎文庫)

 

 

それでは本文から、いくつか抜粋します!
 
私が初めてそんな巨大仏を見たのは、まだ幼い頃の事、神奈川県の三浦半島に親戚が住んでいて、その家を訪ねるたびに、大船で電車の窓から巨大な観音様を見たのだった。大船観音は高さにして25メートルとるほどだが、丘の上に上半身だけで立っていたので、下半身はきっと地面に埋まっているはず、いざというときはあれは丘から出て大暴れするんだ、と幼心に想像した。
 
あの大船の観音様は不意打ち過ぎるんだよなぁ。
僕も「巨大仏」と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはあの大船観音ですw
 
大船観音は大仏フェチを量産するトリガーの役目を果たしている気がしますw
ジョジョでいう、弓と矢的なw
 
もっと見たい。
もっと巨大物のある風景を見て、そのとき胸にわきおこるヘンな感触を、じっくり味わってみたい。そしてできることなら、そのヘンな感触の正体を解き明かしてみたい。
 
くだらない。
実にくだらない動機だw
 
必然性のないものは存在感が増す。
これは思わぬ発見ではないか。てっきり存在感なんてものは、必然性のあるもののほうに宿ると思っていた。しかし実際は、不必要なものこそ心にひっかかるのだ。私がついつい巨大仏に惹かれてしまう理由は、その不必要なデカさにあるのかもしれない。
 
必然性のないものの存在感は異常だな。
職場で使えない新人とか、使えないオッサンとかの存在感はやたらデカいもんなぁw
なんで存在感がデカいのかというと、それは必然性がないからなんだろうなw
 
使えない新人はともかく、使えないオッサンを何年も高給払って雇っておく『必然性』がないから、存在感が増すんだろうなぁ。
 
逆に必然性がある人の存在感って、意外となくて、逆にその人が職場移動してからその存在の大きさに改めて気付かされる、みたいな。
 
大事な人ほど、存在感が小さく、大事じゃない人ほど、存在感が大きいw
 
仏像というのは、それ自体芸術として審美的に見られたりする「作品」でもあるわけだが、この大仏においては、おそらく何度見たところで、デカかったという以上の感想を持つことは難しいにちがいない。
 
これは笑ったけど、真実。
芸術作品の大きさには限度というか、K点のような地点があって、それ以上の大きさになると点数が付けられないというか、ゴルフでいうOBというか、規格外ってことになるんだろうな。
 
そりゃそうだ。
大き過ぎるものは評価のしようがないし、評価したくもないw
 
「これって真面目に信仰してるんでしょうかね。笑いをとろうとしてるとしか思えないんですよね」
 
これは大仏ではなく、大仏内部の空間のSF的なムードに対する同行した編集者の言葉w
 
で、宮田氏は、
これは巨大仏全体に言えるんじゃないか?
と書いているw
 
僕もそう思うw
もはや巨大仏過ぎて、信仰云々より、むしろ「バカなんじゃないの。。。」みたいなw
奈良の大仏が出来た時とか、バーミヤンの石窟が出来た時とか、特に信仰心の薄い人間は、もうね、笑うしかなかったんじゃないかな?ww
 
今日大仏旅行の目的とは、「巨大仏のある風景」をただただ味わうことである。
あらかじめ断っておくが、牛久大仏についてさらに何かを調べようとか、なぜこんなものがつくられたのか考察しようというような気持ちは、私にはさらさらない。むしろ知りたいのは、なぜ自分はこんな風景に惹かれてしまうのか、あるいは「巨大仏のある風景」がかもし出す奇妙な味わいの正体は何か、ということのほうである。
 
これがこの本のスタンス!
とにかく、巨大仏自体には特に興味なく、『巨大仏が見える風景』について、トコトン語り尽くしている点だ。
 
あとがきの解説で切通理作氏も書いてるけど、それがこの本の見所です!w
 
他にも太陽の塔や、PL教団の塔(これ、本物見たけどヤバいよ!!w)とかも登場してて、とにかく『巨大なモノ』と、それを見たときの人間心理を追求した本です!
 
こんなスタンスで日本中の巨大仏を巡る弥次喜多道中が続いていきますw
 
大仏を巡る過程で、大仏周辺の変な珍スポットも巡っているので、実際に巨大仏巡りをして、ついでに周辺の珍スポットも巡りたい、という方には一粒で二度美味しい▼珍ガイドブックにもなります!ナイトスクープ的なw
晴れた日は巨大仏を見に (幻冬舎文庫)

晴れた日は巨大仏を見に (幻冬舎文庫)

 

 

宮田氏は、▼ジェットコースター評論家でもあるけど、
ジェットコースターにもほどがある (集英社文庫)

ジェットコースターにもほどがある (集英社文庫)

 

僕は巨大仏と、ジェットコースターにはある意味、共通点があると思う。

 
それは、突然の展開に、突然、ふっとこの世ではなくなる感覚なんじゃないかな?
 
それは海外旅行、特にアジア旅行にもそれは当てはまってて、道を歩いてて、ふっとこの世ではないような衝撃的なモノに出くわすことがある。
 
これは国内の珍スポットにも言えることだとも思います。
 
そんな不思議な感覚が大好きな方は関連書籍も読んでみてはいかがでしょう?
くれぐれも、忙しい時ではなく、暇な時に読むことをオススメします!w
 
▼ここら辺、全部持ってますw基本的に軽く、でも時々「深い」ことが書いてあります!
わたしの旅に何をする。 (幻冬舎文庫)

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ときどき意味もなくずんずん歩く (幻冬舎文庫)

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東南アジア四次元日記 (幻冬舎文庫)

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