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A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

人は『学』がなければ木に子葉がないようなものだ。(武田信玄)

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学ぶことの大切さを説いていますね!武田信玄さん!!

武田信玄 - Wikipedia

 

さすが、躑躅ヶ崎館に、水洗トイレを設置し、

『山』

と言う名称で呼んでいて、家臣が、

「何故、厠を山と言うのでしょう?」

と尋ねたところ、

山には常に、草木(臭き)が絶えぬから

と答えただけのことはある!!

風林火山 (新潮文庫)

風林火山 (新潮文庫)

 

 

こ、こんな奴に俺が好きな諏訪地方が制圧されたのか。。。

 

 

あと、

▼『信玄餅』って、食べにくくね???

(きな粉がいつも飛び散るんだよ!!w)

桔梗信玄餅 20個入

桔梗信玄餅 20個入

 

 

というわけで、タイトルの言葉。

人は『学』がなければ木に子葉がないようなものだ。

 

これ、なんかちょっとインテリぶってるような言葉ですが、実はこれには続きがあります!

 

『学』とは物を読むばかりにあらず。

おのれおのれが『道』につきて学ぶを『学』というなり。

 

いや、いい言葉だと思いました!

 

『学』は、

いわゆる学校の『勉強』とは違う!

と信玄は言ってるんだと思います。

 

個々人が、己の『道』を見出し、それについて邁進すること全体を、信玄は『学』と呼んだんじゃないかな?

 

 

今のこの時代でも、周りを見渡せば、子供の頃、学校の『勉強』が苦手でも、大人になってから、着々と自分の専門分野で『学』を身に付けている人はいっぱいいます。

 

逆に、

『十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人』

と▼言われるように、、、

十で神童十五で才子二十過ぎればただの人 - 故事ことわざ辞典

 

子供の頃、学校の『勉強』が非常にできても、大学入ってからはずっと寮で麻雀漬け、あるいはゲーム漬けの人もかなり多いです。

 

で、まぁそこそこの大学に入ってれば、そこそこの企業から内定をもらえて、卒業後も「大企業の正社員」という身分に胡坐を書いて、なにも学ぼうとせず、ひたすら社内政治だけが上手くなってるだけで、なんのスキルもない、事実上の『無職』の人も、この国には多いです。

 

けど、『関ヶ原体制』が根強く残るこの国では、「大企業の正社員」というだけの、なんのスキルも実績もない人間が「頭の良い人」とされ、逆に、常に現場でスキルや実績を着々とつけてきた人が「頭の悪い人」とされています。

一番、『学』んでいるのは後者なのに。

 

が、関ヶ原から400年近く経って、IT革命、特にモバイルメインの第二次IT革命が起こってからは、

「威張ってばかりの『大企業の正社員』なんて、大人になってから、なにも『学』んでねーじゃねーか!」

ということがバレ始めて来ている。特にアジアからの留学生とかに。

 

逆に、専門分野で『学』び続けてきた人が、ブログ等を通じて今まで蓄積してきた『学び』をアウトプットすることで、その業界内の人に留まらず、広く世界中から支持されるようにもなってきました。

 

今の時代ほど、

どれだけ自分の『道』に、コツコツと『子葉』をつけて来たか?

が正確に評価される時代は日本史上なかったんじゃないか?

って思います。

 

 

僕的には、安易に「大企業の正社員」を目指して、何十年も『子葉』をつけずに「関ヶ原体制」のバブル崩壊を待つよりも、自分が信じる『道』を見つけ、その『道』に対して、自分の『才能』を発揮し、日々『学』び続けて、実際的な『子葉』をコツコツと増やしていき、最終的に『A1能力』が発動できるまで昇華することが、▼この時代には一番大事な気がします!

『好き(A1)』×『才能(能力)』=『A1能力』発動!!! - A1理論はミニマリスト

 

だって、

『好き』こそが、『学』という『子葉』をつける源泉であり、『好き』じゃないと何も『学』ぼうとしませんから!

人間って!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って、こんな、ウェブ上に雑文をまき散らすことが『好き』で、20年弱も雑文を書き散らしてる割には、たいして儲かってないやつの記事が『バズってどうする!?』