A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

ミニマリストに定義はない。でも、、、

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▼昨日の佐々木さんのつぶやきw

 

僕も基本的に『ミニマリスト』の定義はかなり広く、

▼地方移住する人とかも基本的にミニマリスティックなんじゃないかと考えている。

ミニマリストを『家』別に5タイプに分類してみたよ!それぞれのタイプの愛読書も紹介!(追記で計6タイプになりました) - A1理論はミニマリスト

 

そこにモノが多い・少ないという『フィジカル』な要素はあんまり関係ないんじゃないかな、って思う。

 

洗練された雑貨屋さんとか、モノは確かに多いけど、

「ああ、ミニマリスティックだなぁ。」

って思う。

 

なんていうか、『気』でわかるんですよねぇ。

ハンタ的にいうと『円』に触れた感じ?

 

 

20世紀後半に『モノ溢れ』を起こした日本では、その反動で2000年頃から『捨て』ブームがやってきて、、、

 

2010年頃の『断捨離』ブームの延長で、2015年から『ミニマリスト』が語られるようになって、結局、一般的には、

『モノが少ない人』=ミニマリスト

になっちゃってる気がする。

 

まぁ、わかりやすいし、テレビ受けはするんだろうなぁ。

テレビ見てる層は基本的にモノが捨てられないおばちゃん達だし。

 

 

けど、そういう『フィジカル』なことより、もっともっと大事なのは、

『メンタル』な部分

なんじゃないかな???

 

ここで僕が言う『メンタル』とは、

自分自身で情報を取捨選択し、

現在の自分にとって『最適解』を導き出すチカラ

ってことかな?

 

▼『リテラシー』とも言えるのかも。

リテラシー - Wikipedia

 

その結果、『変人』と思われたとしても、

「いや、これでいいんだ!俺は『こういうやつ』なんだ!俺の人生はこれで『満足』できるんだ!!」 

と思えれば、それで僕はミニマリスティックだと思う。

 

高田馬場の黒いビニールシートで覆われたラーメン屋さんとか、交通の便の悪い場所であえてゲストハウスを運営しているオーナーとか、

「俺の人生は『これでいい』んだ!!」

っていう人には、僕はミニマリズムを感じる。

 

そこにモノが多い、少ないはあんまり関係ない気もする。

家と職場が同じ場合なら、当然、モノは比較的多くなるだろうしね。

 

 

逆に、モノが少なくても、なにかに囚われているような人や、情報の取捨選択を放棄して自分の頭で物事を判断していない人を見ると、

「あんまりミニマリスティックじゃないなぁ。」

って思ってしまう。

 

『円』もあんまり感じない。

 

モノを捨て、ノイズを減らすのは、リテラシーの精度を上げるための行為のひとつなんじゃないかと思う。

(個人的には散歩とかもそう。)

 

けど、モノを減らしてもリテラシーが上がらないんだったら、僕は本末転倒のような気がする。

 

 

むしろ、『ミニマリズム』が仇になってしまってる気がする。

 

『ミニマリズム』という『イルミの針』が刺さって、リテラシーが下がり、何者かに操作されているのなら、まさに本末転倒のような気がする。

 

いや、調べてもよくわからないことを誰かに聞きに行って、参考にするのはいいと思う。

まだまだネット上にある情報はコアであればあるほど少ないし、顔が見える人に表情付きでアドバイスをもらうのもひとつの方法だろう。

 

でも、その情報を鵜呑みにしてしまうのはあんまりミニマリスティックじゃない気がする。

 

友達と意見が違ってもいい。

大事なのは『自分』を持っていることだと思う。

 

 

多くのミニマリストやブロガーに反対派・慎重派が多い『polca』というサービス、

僕は実は賛成派だ。

(プロブロガーがpolcaを使って飛行機代を集めた、的な話が有名になり過ぎているけど、普段のpolcaにはいい企画が多いと思う。) 

 

で、そこからいろいろ考えた。

 

▼『通貨』って、人類の偉大な発明だと思う。

お金の役割(三つの機能)

 

それを有効利用しないのは、なんかいろいろナンセンスな気がする。

 

現代の人間が『通貨』を毛嫌いする理由を考えてみた。

 

 

 

「ブログで仕事が辞めれました!!」

って、なんだかなぁっていつも思う。

 

そもそも、ブログと仕事は対立軸じゃないと思う。

 

どちらかというと、パラレルで進んでいくものだと僕は思っていて、僕は学生時代から、働きながら学内掲示板やメーリングリストに雑文を書き殴っていたw

(あ、授業には出てませんw)

 

 

ま、いろいろ書いたけど、、、 

  

仏教も釈迦が生きてた頃は良かったけど、現代日本では生臭坊主が外車を乗り回していたり、、、

 

会社も創業者の頃はよくても、それを継いだ単なるイエスマンのサラリーマン社長になるといろいろおかしくなっていったり、、、

 

『ハンター』という言葉自体が有名になると、サトツさんのいうようなハンターが世の中に出て来たり、、、

 

言葉や肩書が独り歩きするとよくわからないことになりがち。

ま、それが人間社会の世の常なのかもしれませんが。