A1理論はミニマリスト

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『モバイルボヘミアン』は第二次IT革命後のこの世界で「一番『最適解』な生き方」だと思った!読書感想文2

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前回に引き続き、、、

本田直之さん×四角大輔さん『モバイルボヘミアン』を読んで人生をマキシマムに楽しもう!読書感想文1 - A1理論はミニマリスト

 

本田直之さんと四角大輔さんの共著▼『モバイルボヘミアン』の読書感想文を書いていきます!

モバイルボヘミアン 旅するように働き、生きるには

モバイルボヘミアン 旅するように働き、生きるには

 

 

いや本当、この本、今の僕にはかなり必要な本でした!

『モバイルボヘミアン』になりたい・なりたくない関係なく、

「この時代」を正確に理解したい人にはオススメの一冊です!!

 

 

で、前回は『Introduction』の感想を書くだけで1記事かかってしまいましたが、今回は、

『Step1 これからの時代はなぜモバイルボヘミアンなのか?』

の読書感想文を書いていきます!

 

引用方法はもちろんkindleアプリのスクリーンショットです!

この、従来の働き方に代表される、

『かたまりの時間』

という表現がいい。

 

「『プロダクト』の生産性」

が低かった20世紀には、企業は人間の時間を『かたまりの時間』として占有して、少しでも多くプロダクトを生産し、少しでも多く市場に流そうとしていたんだろうな。

 

なぜなら、20世紀は、

「モノを作れば作るほど売れる時代」

だったから。

 

20世紀どんな時代だったのか ライフスタイル・産業経済編

20世紀どんな時代だったのか ライフスタイル・産業経済編

 

 

おそらく、ホワイトカラーと言われる人達でさえ、20世紀はある意味、ブルーカラー的労働に近かったのだろう。

なぜなら、やはり、

「『プロダクト』の生産性」

が貧弱だったから。

 

けど、21世紀も17年ほど経って来て、

「『プロダクト』の生産性」

はカンストしつつある。

 

モノは作れば作るほど『余る』時代になってきた。

 

いや、それどころか、そもそも、モノを持たない・買わない人間も増えてきた。

非常にけしからん!w

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

 

 

しかし、ミニマリストでもモノを全く買わないわけではない。

そんな人間、そもそも存在しないだろうし、いいモノには高いお金を出すミニマリストもいる。

 

なので、消費者の傾向(需要)が変わってきたのだから、売る側(供給)としては、手当たり次第にプロダクトを生産するのではなく、

「狙って当てる」

ことが重要になる。

 

そのマーケットニーズを理解できる人間は実はそんなにいないと僕は思っていて、それを僕の言葉で言うと、

「『生産性』を高めることができる『A1能力者』」

ということになる。

 

そんなレアな能力を持った人間の『かたまりの時間』を奪うのは、

もはや人類の敵に近いw

 

ホリエモンも▼「電話してくる人とは仕事するな」と言っている。

 

たぶん、ホリエモンが言いたいのは、 

「電話してくる人」は、  

「『生産性』を高めることができる『A1能力者』」

のレアさも理解してないし、さらに、そういう人の「かたまりの時間」を奪う重大さも理解してないので、関わらないほうがいい

ってことなんだろうなぁ。

 

 

この2010年ごろに(僕は使ってないけど)MBAの電池持ちもかなり良くなった(らしい)。

 

つまり、2010年くらいから、僕が「第二次IT革命」と呼んでいる『モバイル革命』が幕を開けたと言ってもいいんじゃないかな?

 

そう言えば、先日、いつものようにラジオ『放送室』をユーチューブで聞いていて、高須が、

「昔は家の固定電話しかなかったから、10代とかは『親に養われている』感が強かった。電話は家にかかってくるから家におらんとしゃーない。家がそのまま『情報拠点』だった。」

と言ってて、僕は、

「確かに。」

って思った。

 

90年代までは家の固定電話こそが『電話』であって、『電話』がある『家』こそが『情報拠点』であり「ノード」だった。

 

これは仕事も同様で、90年代前半に僕が親父の仕事を手伝ってると、ポケベルが鳴るたびに親父はいちいち車を止め、公衆電話から事務所に電話をかけていた。

 

けど、90年代中頃からPHSとかが普及して、21世紀になるころには高校生も携帯を持ってるのは普通になった。

 

なので、

「こちらのほうが便利だ!」

ってなったので、『固定電話』の価値も暴落し、ついでにそれが置いてあった『家』の価値も下がっていったのだろう。

 

でも、

その頃はまだ家に『パソコン』があった。

2000年くらいはノートパソコンよりデスクトップのほうが処理速度が速かったし、熱暴走もしにくかった。

 

なので、『パソコン』がある『家』の価値はまだ「暴落」とまではいかなかったのだろう。

iPodもユーチューブもなかった時は、家に大量のCD-R、DVD-Rがある人もいた。

 

けど2010年にiPhoneとMBAの性能が上がると同時に「ノマド」という言葉が使われはじめ、、、

2015年に「ミニマリスト」ブーム。

で、2017年に『モバイルボヘミアン』の誕生だ!w

 

ま、これは歴史の必然であり、農業革命や第一次産業革命、第二次産業革命、の流れとほぼ同じなんじゃないかと僕は考えている。

既存の価値観の大暴落。

 

それ自体にはなんの問題もない。

問題は日本社会の『関ヶ原体制』だ。

 

『関ヶ原体制』で既存の価値観に乗っかってる人間がいる以上、どれだけ技術的な革新が起きても、社会体制が変化しないんだから意味がない。

 

ただし、第二次IT革命は『個人の革命』に近いので、まぁ、既存の価値観に乗っかって生きているだけの人はそのままコスパの悪い人生をおくればよろしいってことでw

 

もうここまできたら、そもそも、

「『会社』っているか?」

って思ってしまう。

 

僕は、

「『会社』なんていらねーだろ!」

って思ってしまう人間だ。

99%の会社はいらない (ベスト新書)

99%の会社はいらない (ベスト新書)

 

 

『会社』の中で言われた通りにプロダクトを生産していれば、プロダクトが売れる時代ではなくなった。

むしろ在庫処分や返品処理に悩む時代になった。

 

サラリーマンであろうが、派遣社員であろうが、ブロガーであろうが、ひとつのプロジェクトに最適なメンバーを『選抜制』で集め、そのプロジェクトが終わったら解散、という「プロジェクト型組織」が常に望ましいと僕は思う。

 

つまり、これからは、

仕事=オフ会

になるんじゃないかな?

 

な、なにを言っているのかわからないと思うが、、、

 

というのも、僕はtwitterで仲のいいミニマリストの非公開コミュニティを作っているんだけれども、その中でスピンアウト的に、

「今度、●●オフ会しよう!」

みたいな感じによくなる。

 

でも、そのコミュニティの中にはそのスピンアウトオフ会には興味がない人や、興味があってもその日は仕事や用事があって行けない人もいる。

 

なので、そういう時はその「行きたい!」っていうメンバーだけのミニマムなコミュニティを作り、そこでコアな話や情報共有、打ち合わせ等を重ねる。

で、オフ会当日にはすごく「絆」が出来てたりする。

 

で、オフ会が終わったらそのコミュは一旦、解散で、twitterメッセージの下のほうに沈んでゆく。

 

21世紀の『仕事』も、会社単位ではなく、そういう個人単位の『プロジェクト制』になっていくんじゃないかな?

 

で、だったら、その『個人』は場所に縛られる必要性は特にない。

モバイルボヘミアン 旅するように働き、生きるには

モバイルボヘミアン 旅するように働き、生きるには

 

 

 

『収入の分散化』

これは21世紀を楽しく生きることにおいてマストな考え方だと思う。

 

僕は月10万円くらいで生活してるんだけれども、ブログ収入で月10万あれば、最悪、

「仕事なんて、してもいいし、しなくてもいい。」

という状態になるわけで。

 

そしたら、仕事は、

『自分が今、一番したいこと』

に絞れる。

 

その仕事のフィーが多少、少なかったとしても、まぁ許せるんじゃないかな?

だって、その仕事をしていること自体が楽しいんだから。

 

『モバイルボヘミアン』なら場所も選ばないしね。

 

最悪、そのプロジェクトの場所が固定されるなら、近くのゲストハウスに泊まるか、▼ドンキで1400円の寝袋買ってどこかで寝ればいいんだからw

1400円でドンキで寝袋を購入、使用後は寄贈予定。その理由を書いてみる。 - A1理論はミニマリスト

 

ああ、もうこれ、日本中の企業が採用して欲しいわw

これができてないから優秀な若い人間が日本社会自体がアホらしくなるわけで。

 

少なくとも、僕は、

●本当に働いている人間の給料が安く

●本当は働いていない人間の給料が高い

っていう日本社会自体が僕はアホらしくてアホらしくて、全く興味ないわw

 

派遣社員制度然り。

こんなん、単なる『身分制』やないか!w

 

で、僕は、

そんな国で生真面目に生きるくらいなら、ミニマリスト生活しながらテキトーに働いて、カネが貯まったら旅する、という生活を続けたほうが絶対にいい!

と考える人間ですw

 

ただただ、アホらしいw

 

 

人間を肩書でしか判断しないのが日本人の悪い癖だ。

 

実際に今、僕が仕事で直面している問題も、頭の悪いおっさん連中が、会社単位でしか人間を判断してないから発生しているわけであって。。。

(はー、ボンクラ、ボンクラ、ボンクラ。。。)

 

大事なのは、

「その人個人が今まで生きてきた中で積み重ねてきた『ノウハウの蓄積』」

だと僕は思っている。

 

ていうか、こんなこといちいち説明しなくても、すべて理解しているくらいのレベルの人間と、残りの人生時間をシェアして生きていきたいのー。。。

 

 

僕は『好き』と『才能(得意なこと)』を掛け合わせたところに、

「その人独自のとてつもない能力」

が発動されると考えていて、それを▼『A1能力』と呼んでいる!

『好き(A1)』×『才能(能力)』=『A1能力』発動!!! - A1理論はミニマリスト

 

逆にいうと、

それ以外の能力は苦手だとも言える。

 

で、そういう場合は、

「自分の『A1能力』を一時的にトレードし、他人の『A1能力』を借りる」

ほうが効率的だと思っている。

 

これも、な、なにを言っているのか理解できないと思うが、、、

 

最近知った▼『VALU』というサービスが僕の言っていることに近いような気がする。

星川さんの「VALU」記事!

未来過ぎるけど「VALU」はミュージシャンも覚えておいて - 俺、まちがってねぇよな?

 

 

日本社会は、

「苦手なことも歯を食いしばって頑張れ!!」

とか、

「得意科目は作らず、5教科すべて平均6割以上とれるようにしろ!!」

みたいな考え方が大好きだ。

 

それは、

「『プロダクト』の生産性」

が未熟だった20世紀においては、まぁ、正しかったのだろう。

 

キカイやコンピュータもまだまだ未熟で単純な動きしかしなかった。

そんな時代は、人間とは「モノを作る機械」だったんだろうな。

 

ある意味、それは『農業』に近くて、元々、勤勉な『農耕民族』だった日本人にはそのマインドはぴったりとハマってたんだろうな。

 

マスコミもテレビやラジオのような、いわゆる『マス』に向けたマーケティングがメインで、その中で美空ひばりとか石原裕次郎のような、いわゆる『スター』だけが一千万人規模のファンを得て、億万長者になる。

一般大衆は仕事終わりに、それを大衆食堂のテレビで半額の生ビール片手にぼけーっと眺めるしかなかった。

そんな『マス』である大衆に支持されるのは、わかりやすい「巨人・大鵬・玉子焼き」だった。

 

でも、

今は個人で情報発信できる時代だ。

テレビの時代のような大衆的な話題ではなく、コアでニッチな人々にリーチできる時代になった!(A1理論!)

 

この本田直之さんや四角大輔さんも、ビジネス本好きやミニマリストの間では有名でも、たぶん、道行く人に聞いても、

「誰?それ???」

だろう。

(ごめんなさい!ごめんなさい!)

 

そもそも、

「本を読む人は人口の約1%」

という人もいる。 

まぁ、10万部売れればベストセラーとも言われるんだから、確かにそんな感じか。

 

 

そんな中で、ましてやブロガー『A1理論』なんて、

「それ、人の名前???」

で終わりだろうw

 

でも、そんな僕でも、好きなこと、得意なことをブログで発信し続けていたら、自分の行動するエリアでは『有名な人』になってきた。

もうね、それだけで十分だ。

 

で、逆に有名になり過ぎると、

「こいつは有名になって調子に乗ってる!」

っていうはてな民アンチは必ず出てくる。

これはアンチ巨人とか、アンチ吉本とか、アンチ自民党とか、もう昔からの世の「定め」だ。

(その血の「定め」!ジョジョ!!)

 

そう考えると、今はウェブメディアが発達して、

「無駄に有名になり過ぎないでいい時代」

になった、とも言える。

 

 

僕は、

『家柄』や『学歴』なんて、クソくらえ!

って昔からずっと思っているし、たぶん、この考え方は死ぬまで変わらないと思う。

 

出自に関係なく臣下を採用した織田信長に惹かれた黒田官兵衛の気持ちが分かりまくりますよ!

息子殺されそうになったけどw

(アホかおまえはー!!w)

 

今の日本の『結婚制度』も『家柄』や『学歴』が密接にかかわって来て、上記のような思想を持つ僕からしてみれば、

我慢ならん!!

のだ!

 

日本社会で結婚するくらいなら、ずーーっと、旅してたいわ。

いつも旅のことばかり考えていた (幻冬舎文庫)

いつも旅のことばかり考えていた (幻冬舎文庫)

 

 

 

そんな僕は10代の時から、いや、もしかしたら生まれた時から、この日本社会がアホらしくて、アホらしくて、我慢ならんかった。 

 

「すべての人間が『能力』で判断されるべき!」 

と大学の友達に熱弁しても、

「まぁ、そうだね。。。」

とそいつも言いながら、結局は、新卒で大手新聞社、的な。

 

 

で、そんな僕もアジアのスラム街を歩くと、

「いや、日本国籍を持ってる時点で、俺は恵まれてるな。」 

と思った。

 

2003年当時、

「もう、ここに生まれた時点で、どう頑張っても這い上がれないじゃねーか。」 

って思った。

 

でも、そんな町でも今やスマホを使って、先進国の人間に負けないビジネスをしている人間がいると聞くと嬉しくなってくる。

 

「頑張れ!!」

と、自分のことのように応援したくなる。

 

日本にずっといると、

「日本のGDPをどうやってあげるか??」

みたいなことが至上命題になってくるんだろうけど、日本のGDPが上がったところで、儲かるのは結局、なーーーんも仕事してないおっさん連中で、本当に働いている人間はなんにもメリットないだろ。

 

それよりも、国は違えど、貧しい人間がどんどん這い上がってくるほうが、僕にとってはすごくワクワクするけどねぇ。

 

あ、ちなみに僕は、よく、

「日本人よりタイ人やフィリピン人のマインドに近い」

と言われる南国中年です!

んばば!ラブソング!w

 

僕は、ピンポイントに働いて、それ以外の時間はだらだらしたり、ゲストハウスでウェーイ!!したい人間ですw

働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!!w

 

 

というわけで(どういうわけだ)、第二次IT革命を経て、この「世界」は、ますます▼『フラット化』していくと僕は思います。

フラット化する世界 [増補改訂版] (上)

フラット化する世界 [増補改訂版] (上)

 

 

そんな『世界』で、「一番『最適解』な生き方」をしているのが、

『モバイルボヘミアン』

だと僕は思いました! 

モバイルボヘミアン 旅するように働き、生きるには

モバイルボヘミアン 旅するように働き、生きるには

 

 

あと、全くカンケ―ないけど、今、ふと『モバイルボヘミアン』ってスタンドの名前っぽいって思ったw

「『モバイル・ボヘミアン』!!防御しろ!!」

みたいなw

 

 

というわけで、次回は『Step2』の読書感想文3です!!