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A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

人の知、人にあり。故に量り(かぎり)あり。物の理、天にあり。故に窮まりなし。(広瀬淡窓)

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うーーむ、いいこと言いますねぇ、広瀬さん!

広瀬淡窓 - Wikipedia

 

さすが、眼の病があり、目を使いすぎると腫れてしまうことから、

「あまり眼を使いすぎると中年以降には失明してしまう。」

と医者に言われたことで、

経書の本文のみを読書するようになっただけのことはある!!

 

それがこのタイトルのような思想を生んだんだろうなぁ~。

 

その広瀬淡窓が開いた私塾▼『咸宜園』。

咸宜園 - Wikipedia

 

その寮生活の厳しさを詠った▼「休道の詩」は立命館大学の寮歌のルーツとも言われてるらしい!へー!!

「今日は何の日」9月 私塾立命館の創設 | | 立命館あの日あの時 | 立命館 史資料センター準備室(旧・立命館百年史編纂室) | 立命館大学

また広瀬青村が塾長を務めたことのある大分・咸宜園には立命館の寮歌のルーツではないかと言われる「休道の詩」が残っています。

 

ちなみに、現在、▼立命館大学の寮はこんなにオシャレにリノベーションされていました!w女子!!ww

京都・西陣『藤森寮』は元学生寮をリノベーションした超オシャレなSOHO支援町家でした! - A1理論はミニマリスト

 

広瀬淡窓と咸宜園―ことごとく皆宜し

広瀬淡窓と咸宜園―ことごとく皆宜し

 

 

さて、タイトルの言葉ですが、、、

人の知、人にあり。故に量り(かぎり)あり。

物の理、天にあり。故に窮まりなし。

 

僕はこういう言葉を放つ人は大好きですねぇ。

まさに『学問に終わりなし』みたいな感じで。 

 

人間は、脳みそが大きすぎる生物のためか、世界を全部、把握したかのように思ってしまう傾向がある

と、僕は思う。

 

実は、人間は、世界どころか、そう考えている自分の「脳」のことさえも、よくわかってないw

 

 

「人の知」なんて、所詮、たかが知れている。

僕の意見を言えば、なににおいても、みんな「そこそこ」のことは知ってるけど、その「そこそこ」のエリアをはみ出すと、普段の生活に支障がないためか、いっきに情報過疎地域になるような気がする。

 

 

そんな、浅い「人間の知」に比べ、

「物の理」のものすごいことよ。 

もうね、どこまでいっても「終わり」がないように思える。 

 

これは学問とかそういう堅苦しい物に限らず、僕が好きな、

「ブログ」とか、「ゲストハウス」とか、「下諏訪」に関してもそう。

 

ある程度の情報はググれば出てくる。

けど、その「ある程度」から先は、極端に情報も少なくなるし、文献も残ってない。

 

いわゆる、広瀬淡窓の言う「人の知」の限界を超えてしまう。

そこから先は「物の理」の領域だ。

 

そこから先は自分で「発掘」しながら考えて進んでいくしかない。

 

でも、それって、

ものすごく楽しい『作業』なんじゃないかな?

 

しかも、この時代、『ブログ』も『twitter』もある。

自分の「発掘」の成果を興味がある人とシェアできるし、興味がある人達と繋がることもできる。

 

それが、人生において、仕事よりも、おカネよりも、大事なことなんじゃないかな?

(A1理論!!)

 

その機能が、一昔前までは「大学」の中にとじ込まれていたようなもので。

学問学問した、堅苦しい「世界」だ。

 

今の時代、地位も名誉も、いらない。もちろん、カネもいらない、仕事なんてテキトーに派遣社員とかやってて、ギリギリ死なない程度のカネさえありゃあいいから、『好きなコト』だけを極めて、それに親和性の高い少数の人とだけ、生きていく。

 

そんなすばらしい生き方ができる時代に、我々は生きている、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、こんな▼ジン・フリークスみたいな文章が、、、

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