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A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

どれだけお金があっても、愛憎という執着から自分を解き放つための『ミニマリズム』。下重暁子『持たない暮らし』最終回

ミニマリズム ミニマリズム-ミニマリスト本
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 ステキなミニマリスト下重暁子さんの本『持たない暮らし』感想文です!
最終回の今回は第四章~第六章までいっきにご案内します!!

 

持たない暮らし (中経の文庫 し 3-1)

持たない暮らし (中経の文庫 し 3-1)

 

 

幕の内弁当の美学
日本の四季、日本の自然が空間の中に配置され、一幅の絵を作っている。こんな弁当は他の国にはない。日本人は、実用そのものの弁当にも、シンプルな日本の美を入れたのだ。
 
幕の内弁当って、時々食べることがもったいなくなってしまう時がある。
僕は20代の時はいろんな国に行って、いろんな物を食べたけど、日本料理、そして持ち歩ける幕の内弁当ほど『もののあはれ』が感じられる食べ物は世界でも類を見ないと思う。
本当、日本から出てみないと『もののあはれ』って実感できないと思った。
 
狭い空間を宇宙とみなす考え方は、利休の「茶」の心からきている。
 
なるほどー。
あの狭い茶室は宇宙のことだったのか。
ジョジョアニメ第3部のジョセフはわかってない(笑)
 
 
茶道は隆盛ではあるが、女性のお稽古ごとと化し、利休の追い求めた、理想と哲学は忘れられている。
 
確かに、『茶道』って中学校の茶道部からおばあちゃんまで、女性ばっかりだもんな。利休の追い求めた理想と哲学が忘れられている、と。
『ドキッ!?男だらけの茶道会!』を開いてみたい気分になった(笑)
 
 
鮒ずしは、琵琶湖周辺に残る、なれずしのことである。
 
この「なれずし」、たかぎなおこさんの▼コミックエッセイにできますね!!
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▼続きを読みたい方はこちらをどうぞ(笑)
愛しのローカルごはん旅

愛しのローカルごはん旅

 

 

なれずしの歴史は、縄文時代にはじまる。長い歴史を経て、江戸時代に最盛期をむかえ、やがて明治、大正、昭和も戦後、著しく減った。
長い時間をかけ、爛熟し、やがて消えるかもしれぬぎりぎりの味が頽廃の味である。
誰でも手に入れられぬ孤高の味でもある。
 
縄文時代からある日本料理「なれずし」。これこそが『文化』だと下重さんは言う。
確かにそれに比べたら他の料理なんて若僧もはなはだしいな。
しかし、日本人は縄文時代から腐った食べ物が大好きな民族だったんだな(笑)
腐った日本人が現れた!!
しかしそう考えると池袋にいる女子はダブルで腐っているということか(笑)
 
 
アメリカの友人が、日本では考えられないものが流行るという。
一つ目がブランド品、二つ目がバレンタインデーのチョコレート。三つ目が紙袋である。
 
まあ、アメリカ人が言うなよとも思うけどねぇ。
ギブミーチョコレート!!
 
わたしは若い頃から、人と同じものを着ない、持たないをモットーにしてきた。
 
この考え方はいいね!
誰とも似ていない、オリジナルな人生を歩めそう。
 
 
産業革命以来、わたしたちの暮らしは便利、儲かるなどの経済効率一辺倒に動いてきて、新しいものが次々と登場し、ものが溢れ、世の中のしくみは、これでもかこれでもかと複雑になった。
 
こういう社会学的、社会科学的見地からのミニマリズム論は僕の大好物です(笑)
 
『ミニマリズム』って産業革命以来続くマテリアリズム的プロパガンダに対するコペルニクス的カウンターパートなんですよね。
あーら、ここだけものすごくインテリゲンチャ!(笑)
 
50歳を過ぎたあたりから急に友達が増えてきた。
 
この下重さん、ここでいきなり「50歳までボッチだった」と激白!!
 
 
定年になり、仕事に縛られることもなく、子供への義務も果たしたあとは、思い切って自由に不良になろう。もはやなにも縛るものはないのだ。
 
これは本当に昭和の価値観だと思う。
定年にならずとも縛られるものなんてない、ていうか、定年まで自由になれない人生なんてイヤだ!(笑)
 
自分が心を開いていれば、いくつになっても友達はできる。
 
あんた、50歳までボッチだったじゃん!!
 
という無粋な突っ込みはおいておいて、大事なのは心を開くことなんだと僕も思う。
 
『学校を卒業したら友達なんてできるわけないだろ!!』
という人は多分、普段から心を閉ざして生きてる人なんだろうな、と思う。
 
 
わたしには、全国数カ所に会いたい人がいる。
旅好きで出かけた先で知り合ったのだが、今ではその人に会いたいがために出かけていく。
 
これはTwitterやスマホの普及でさらに進んで、最近は、
『ブログやTwitterで知り合った人に会いに行く旅』
に変わりつつあると思う。
そのほうが下手な観光旅行やバス旅行より何倍も楽しいのは当然だわな。
 
結局、旅は「どこにいくか?」ではなく、
「誰と行くか?」
「誰に会うか?」
だからな。
 
 
インドではある年齢になると、林に入って暮らす『林住期』があるという。文字通りわたしの林住期が始まろうとしている。
 
小さい別荘を買った下重さん。
小屋暮らしの先駆者じゃん(笑)
そのまま別荘でご林住。
 
整理したいのだが、体力も減ってすぐ疲れるし、根気もなくなる。
早くいえば面倒くさくてできないでいる。
 
老人になるほど片付けられなくなる、と下重さん。
確かにうちのばあちゃんの家もゴミ屋敷になってた。
若いうちからミニマリズムに目覚めておけば老人になったあとのゴミ屋敷化は防げる!?
 
焚くほどは風がもてくる落葉かな
良寛の句である。
越後の五合庵に暮らす良寛の元に、時の長岡城主が訪れた。良寛に城下の大きな寺を任せたいと切望し、城主自らが庵まで来たのだ。そのときの良寛の答えがこの句である。
焚くに必要なだけは毎日風が落葉を運んでくる。自分はこの暮らしに満足していると、婉曲に断ったのだ。
 
僕はこういう人のこういう生き方が大好きです!!
 
まさに黒田官兵衛の、
『人に媚びず、富貴を望まず。』
ですな。
 
富貴を望まないから、ブラック企業に足元を見られずに生きていける。
下手に富貴を望むからブラック企業に足元を見られて病んでいく人が多い、と僕は思っています。
 
あ、あと、僕は日本企業はどんな有名大企業でもすべからくブラック企業だと考えているDQNです(笑)
 
物だけではない。
自分の愛憎といった執着から自分を解き放たなければ、自由にはなれない。
 
物を手放すことがミニマリズムではない、と主張する下重さん。
 
愛憎という『執着』から自分を解き放ってこその『自由』だと。
 
 
僕は億万長者になる予定はないですが、どれだけ億万長者になろうと下重さんのように自分の好きな少数の物だけ厳選して所有するミニマリストとして生きていきたいと思いました。
ま、僕はiPhoneとパソコンさえあればいいんだけどね(笑)
 
今回で『持たない暮らし』の感想文終了ですが、今後も折に触れて読み返していきたい本です。
また再読したときに気づきがあればご紹介したいと思います。
 
▼わはは!見ろ!付箋がゴミのようだ!!
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▼裏表紙の名画、フェルメールの『牛乳を注ぐ女』(1658〜60年頃)

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