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A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

平成後の「新時代」の日本を救うのは『るろうに』系ミニマリストなのかも!?

ミニマリズム ミニマリズム-ミニマリズム論 人生 人生-考え方
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※6連勤後の夜にめっちゃお酒を飲んで書いてます。

※タイトルは勢いでつけた。今は後悔している。(なら、変えろよ!w)

 

 

『ミニマリスト』ってよく言われるけど、ほとんどは主流の、

「おうちガラーン系ミニマリスト」

のことを指すのでしょう。

 

でも、僕は『ミニマリスト』は▼6種類ほどいるんじゃないかと思ってます。

ミニマリストを『家』別に5タイプに分類してみたよ!それぞれのタイプの愛読書も紹介!(追記で計6タイプになりました) - A1理論はミニマリスト

 

で、女性に多いのは、やっぱり、お片付けや断捨離、あるいは節約やオシャレをメインとした、

①『わたしのウチにはなんにもない』系ミニマリスト

ですねぇ。

 

逆に、男性に多いのが、

②『タイニーハウス・モバイルハウス』系ミニマリスト

や、

⑥『神田川』系ミニマリスト

や、

④『家さえも断捨離』系ミニマリスト

だと思う。

 

結局、女性は基本的に『家内』『奥さん』『女房』と言われるように、元々、家の中にいるものなんだろうな、と思う。

ゲストハウスのオーナーも女性が多いし、女性性が有利な仕事だとも思う。

 

逆に男性は、農業革命が起こるまでは狩りをして、家族を養っていたのだろうから、基本的に家の外にいた、もしくは家をいつでも引き払うくらい身軽な存在だったのだろう。

 

植物のめしべ・おしべの構造と基本的に同じなんだろうな、人間も。

 

 

けど、

日本社会って、長らく男性性に特徴的な『るろうに』な人間を排除し続けていたように思える。

 

農耕民族なこともあり、江戸時代までは、日本人にとって『家』は絶対的なものだったんじゃないかな。

 

生活のベースは『家』であり、

そこに『嫁入り』するか、『婿入り』するか、子供時代から『養子』で入るか

みたいな。

 

で、その『家』は江戸時代は檀家制度寺請制度できっちりお上に管理されていた。

檀家制度 - Wikipedia

寺請制度 - Wikipedia

 

自分の『家』は、当然、その地域の『藩』に属しており、その『藩』は、幕藩体制により『幕府』の管理下に置かれていた。

 

その『幕府』の頂点には『将軍』がおり、さらにその『将軍』を「征夷大将軍」に任命していた『天皇』がいた。

 

なので、

『天皇』というファイルの中に『(征夷大)将軍』がいて、

『(征夷大)将軍』というファイルの中に『幕府』があり、

『幕府』というファイルの中に『藩』があり、

『藩』というファイルの中に『寺』があり、

『寺』というファイル(檀家)の中に『家』があり、

『家』というファイルの中に『個人』がいたのだろう。

 

そのディレクトリ階層は絶対的なものであって、

その階層の外にある『るろうに』なんていう存在は、一般市民にとっては理解不能な存在だったんじゃないかな?

 

ディレクトリ階層外の人間なんだから、そもそも上下関係がよくわからない。 

ある意味『非人』という階層がそうだったのかもしれない、「人に非ず」という身分。

 

本当はブラックな江戸時代

本当はブラックな江戸時代

 

 

そんな『家』の制度は新時代・明治になっても、変形しながら脈々と続いて行った。

 

「明治」という国家〔上〕 (NHKブックス)

「明治」という国家〔上〕 (NHKブックス)

 

 

坂本龍馬が最初に作った『株式会社』、それが20世紀では『財閥』になった。

財閥 - Wikipedia

 

いわゆる

『企業』の時代。

 

じゃあ、

そもそも『企業』ってなにか?

 

企業とは何か

企業とは何か

 

 

これは今の僕なりの言葉で定義してみると、

「モノやサービスの『生産性』を高める法人格」 

となった。

(※個人の意見です) 

 

株主は、その、

「モノやサービスの『生産性』」

を高めるために、株式投資する。 

 

 

「国民国家」を基本単位とした『資本主義経済』の下、第一次産業革命、第二次産業革命をベースに、20世紀は、

「プロダクト(モノ)の『生産性』が飛躍的に上がった世紀」

だったんじゃないかな?

 

20世紀の前半はアメリカ中心に、

「武器の『生産性』」 

が飛躍的に向上したんだけれども、それは『核』の発明により、カンストした。

 

『核』の発明により、それ以上の「武器」の生産性を上げても仕方なくなった。

それは、『セル編の孫悟飯』みたいなもので、セルを倒せたとしても、そもそも地球自体を壊してしまったら意味がないからだ。

(まぁ、地球が壊れそうになったら悟空が瞬間移動で界王星→新ナメック星に行ってナメック星のドラゴンボールで地球復活させればいいだけなんだけれどもw) 

 

20世紀 どんな時代だったのか アメリカの世紀・総集編

20世紀 どんな時代だったのか アメリカの世紀・総集編

 

 

その後、20世紀の後半は、敗戦国・日本をメインとした、

「生活必需品の『生産性』」 

が飛躍的に向上した時代なんじゃないかな?

 

▼『三種の神器』、『3C』と、焼け跡から始まった日本の戦後は、

三種の神器 (電化製品) - Wikipedia

次々と、「生活必需品の『生産性』」を上げていき、世界中に日本製品が溢れた。

80年代では日本を戦争で負かしたはずのアメリカで、日本車の不買運動が起こった。 

20世紀どんな時代だったのか ライフスタイル・産業経済編

20世紀どんな時代だったのか ライフスタイル・産業経済編

 

 

けど、結局、それも青天井ではなく、アメリカが歩んだ、

「武器の『生産性』」

と同じく、戦後日本の、

「生活必需品の『生産性』」 

も、カンストすることになる。

 

いわゆる「バブル崩壊」で、そういう意味では、日本の元号で言うところの『昭和』という時代は、日本人が、

「生活必需品の『生産性』」

を上げ続けただけの時代だったのかもしれない。

 

「昭和」という国家 (NHKブックス)

「昭和」という国家 (NHKブックス)

 

 

日本の元号で言うところの『平成』になってからは、世界は▼「フラット化」し、

フラット化する世界 [増補改訂版] (上)

フラット化する世界 [増補改訂版] (上)

 

 

逆に、『国』よりも▼『企業』が「帝国化」してきたんじゃないかな?

企業が「帝国化」する アップル、マクドナルド、エクソン~新しい統治者たちの素顔 (アスキー新書)

企業が「帝国化」する アップル、マクドナルド、エクソン~新しい統治者たちの素顔 (アスキー新書)

 

 

特にApple社においては、日本のバブル崩壊後の90年代から、全く『国境』というものを意識せず、

「通信機器の『生産性』」 

を上げ続けてきたんじゃないかな?

 

iMac、iPod、iPhone、iPad、と、「平成不況」「年間自殺者3万人超え」の日本社会をしり目に、ひたすら、

「通信機器の『生産性』」 

を上げ続けてきた。

 

「フラット化した世界」で起きた、第一次IT革命(PC)、第二次IT革命(スマホ)をけん引してきた企業は、Apple社という「帝国化した企業」だったと僕は思う。

 

けど、20世紀の、

「武器の『生産性』」

「生活必需品の『生産性』」 

に続き、

「通信機器の『生産性』」 

も、2017年現在、カンストしつつある。

 

個人的には2016年春にiPhoneSEが出た時、

「あ、プロダクトの『生産性』がカンストした!」 

と、思った。

 

産業革命が起こって以来、今までの「武器」、「生活必需品」、「通信機器」、それら全部をひっくるめた、

「プロダクトの『生産性』」 

自体が、カンストに近づいている、もしくはすでにカンストしている、と僕は思う。

 

2015年以降の日本の▼『ミニマリストブーム』もその余波なんじゃないかな? 

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

 

 

人間は『道具』という「モノ」を使うことで、他の動物と差別化して生きてきた。

つまり、僕の言葉で言うと、人間自体が、

「モノを発明することができる『A1能力』者」 

なのだ。

 

でも、そもそも、モノ、つまりプロダクト自体の『生産性』がカンストした。

こんな時代は人類の有史以来、初めてのフェーズなんじゃないかな?

 

 

で、僕は思う。

 

こらからの人類、特に日本人に大事なのは、

「コミュニティの『生産性』」

なんじゃないかな? 

ってことだ。 

 

 

で、それに薄々気づいていた人類も、日本人も実は80年代くらいからすでにいた。

そんな日本人が好んで読んでいた本のひとつが▼『深夜特急』だ。

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

 

 

97年には▼ドラマ化された。 

深夜特急’97―劇的紀行 (西へ!ユーラシア編)

深夜特急’97―劇的紀行 (西へ!ユーラシア編)

 

 

 

『深夜特急』とは『ミッドナイト・エクスプレス』のこと。

『ミッドナイト・エクスプレス』とは▼『脱獄』の隠語だ。

ミッドナイト・エクスプレス (映画) - Wikipedia

 

では、

彼らは、なにから『脱獄』したかったのか?

 

それは、おそらく、

『企業』メインの人生

からだったんじゃないかな?

 

明治になり、昭和になっても、結局、『家』のディレクトリが『企業』ディレクトリになっただけで、

人生の息苦しさは変わらない。

 

彼らは、たとえどれだけおカネがもらえようと▼『ペンギンの国』には興味がないんじゃないかな?

ペンギンの国のクジャク

ペンギンの国のクジャク

  • 作者: BJ ギャラガー,ウォレン・H.シュミット,BJ Gallagher,Warren H. Schmidt,田中一江
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2002/03
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「個性の時代」を生きる子供達に『この世界』を知ってもらうため是非読み聞かせたい絵本『ペンギンの国のクジャク』 - A1理論はミニマリスト

 

そんな『るろうに』気質の人間が、出世街道なんかに目もくれず、80年代以降、一目散にアジアを目指した。

その理由はおそらく、アジアには地域コミュニティがあり、ゲストハウスがあり、ご近所付き合いが未だにあったからなんじゃないかな?

 

「バックパッカーの教祖」とも言われる▼蔵前仁一さんもその一人なんだろうな。

いつも旅のことばかり考えていた

いつも旅のことばかり考えていた

 
インドは今日も雨だった

インドは今日も雨だった

 

 

そんな、

「働きたくないでござる!」 

な彼らを20世紀の日本社会は評価しなかった。

 

それは21世紀に入っても、リーマンショックが起こってもしばらく続いた。

 

でも、彼らからしてみれば、

「大人になったなら働いて日本経済を回せ!!でも、正社員にはしてあげないぞ!!!」 

という、

「生活必需品の『生産性』」がカンストした日本社会 

は、

存在そのものが矛盾

していたのだろう。

 

 

そんな若者たちは、00年代後半以降、日本を降りて、アジアのゲストハウスに『沈没』、あるいは格安アパートに『外こもり』していった。 

日本を降りる若者たち (講談社現代新書)

日本を降りる若者たち (講談社現代新書)

 
外こもりのススメ―海外のほほん生活

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なぜなら、そこにはmixi等を利用した『るろうに』系日本人のコミュニティがあったからだ。

 

 

だが、しかし、その日本人コミュニティは現地人、特に現地の政府にとっては特にメリットのないモノだった。

特におカネを落とさない日本のビンボー人たちが夜な夜なゲストハウスに集まっていて、それだけならまだしも、時々、様々な問題行動を起こす。

 

ツーリストビザで多くの日本人が滞在するタイの政府もそれを問題視し、00年代後半以降、陸路での日本人の入国を制限する等ツーリストビザを厳しく制限し始めた。 

『外こもり』系日本人にはアジアは少し窮屈になった。 

 

 

そんな時、

3.11が起こって、日本社会のパラダイムがいっきにシフトした。

 

今まで、江戸時代、明治時代、昭和時代を通じて、ほとんど『移動』しなかった日本人達が、いっきに『移動』し始めた。

 

それは『移住』とも言われ始めた。

 

 

僕の知り合いの、下諏訪の温泉五郎さん(生きてますか?)が、以前、こんなことを言っていた、

「90年代までの日本では、『移住』とは『転勤』のことだった。」

と。

 

つまり、

『企業』命令での『転勤』こそが『移住』であって、それ以外の『移住』なんて、ほとんど存在しなかった

という。 

まぁ、あえて言えば、進学で上京したりとかだろうけど、それも『企業』に入るための『大学』に入るため、と考えると、広い意味での『転勤』なのかもしれない。

 

 

で、2010年代、日本人が国内に『移住』し始めた背景は、

①「プロダクトの『生産性』」がカンストしたこと

②3.11からのパラダイムシフト

に加え、僕はもうひとつあると思う。

 

それは、

③国内ゲストハウスの誕生

だと思う。

 

特に3.11の直前に誕生した、東京・入谷の▼『toco.』の衝撃は、当時の僕にとっても大きかった!

ゲストハウスtoco. 虹色階段のBAR、都内の古民家ゲストハウス | FootPrints

ゲストハウスブームの火付け役!東京上野の「toco.」はなぜあれほど人気なのか? | ひげむぅ

 

特に、宿泊施設や交流スペースだけではなく、バーが併設されていたのが画期的だった!

その経緯は▼こちら。もうね、これは必読です!

「ここはお前らの遊び場じゃねえぞ」—2010年からの5年間を振り返る(2) | 株式会社Backpackers' Japan

 

で、その『toco.』にバーがあったからこそ、今、日本中のゲストハウスにバーやCAFEがあるし、そういうのがないゲストハウスでも、他のゲストハウスを泊まり歩いている人メインに交流スペースで飲み会が始まったりする。

 

そこには20世紀までの、いや、3.11までの日本人になかった『コミュニティ』が誕生したりする。

(そこには00年代の『外こもり』日本人やその予備軍も存在しているのかもしれない)

 

特に、00年代から山肌に空き家が密集していて、その空き家に関する『空き家再生プロジェクト』という団体がある広島県の尾道、そこのあるゲストハウス▼『あなごのねどこ』周辺にはかなりコミュニティができあがっていると思う。

生きるのに疲れたら広島・尾道の『あなごのねどこ』に泊まりに行こう!【0円で空き家をもらって東京脱出!】 - A1理論はミニマリスト

 

『あなごのねどこ』ができた経緯は初代宿長でもある、つるけんたろうさんの▼このコミックエッセイにまとめられています! 

0円で空き家をもらって東京脱出!

0円で空き家をもらって東京脱出!

 

 

▼PVもありますw

www.youtube.com

 

このPVに、何度も出てくる

『おかえり』

という言葉。

 

それこそが

▼21世紀の日本人に欠乏している言葉なんじゃないか?

と僕は思います。

いつ来ても『おかえり。』『またね。』と言ってくれる場所は「コミュニティの『生産性』」が高い場所なんじゃないかな? - A1理論はミニマリスト

 

 

そういう場所こそが▼『サードプレイス』であり、

サードプレイス―― コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」

サードプレイス―― コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」

 

 

個人個人が『才能』を思う存分発揮できる▼『チャンスの国』になりえる、と僕は思う。

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極々、個人的な感想を言うと、00年代から空き家があふれていた尾道がやっぱり日本の中のゲストハウスメインの移住者コミュニティの中ではズバ抜けてて、その次が『リビセン』『ミミセン(ミーミーセンタースメバ)』ができた下諏訪かなぁ、と思ってます。(なので、今年も下諏訪から目が離せません!) 

あとは、新潟の沼垂、長野の長野市善光寺周辺、大分県竹田市、千葉のいすみ市、千葉の金谷等も注目しています。 

県単位で言うと、鹿児島県、岡山県、山形県、かな?

※個人の感想です

 

 

で、そんな中、先日、発売された『青本』こと▼『まちのゲストハウス考』!

まちのゲストハウス考

まちのゲストハウス考

  • 作者: 真野洋介,片岡八重子,明石健治,豊田雅子,飯室織絵,加納亮介,蛇谷りえ,井筒もめ,森岡咲子,武田昌大,田中惇敏,西村祐子,Yone(米村知倫)
  • 出版社/メーカー: 学芸出版社
  • 発売日: 2017/03/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

 

その▼読書感想文の中で、僕は、、、

『まちのゲストハウス考』は21世紀の地方都市の未来が詰まったステキなエッセイ集!イラストも可愛いよ! - A1理論はミニマリスト

 

こういう地方都市の▼『未来予想図』を描いた。

 

2020年以降、東京オリンピックが終了し、インバウンド需要が一段落し、団塊世代が70歳以上になり、空き家率が20%を超える時代、、、

「日本全国が尾道化するんじゃないかな?」 

って思う。

 

つまり、

地方に移住者コミュニティのもうひとつの『ルータ』であるシェアハウスが爆発的に増えていくんじゃないかな?

(逆に、ゲストハウス需要は頭打ちになるかも?) 

 

シェアハウス わたしたちが他人と住む理由

シェアハウス わたしたちが他人と住む理由

 

 

しかも、00年代の尾道のような『廃墟系空き家』ではなく、20年代は『住める空き家』が日本中に溢れると思う。

『空き家』と言っても、持ち主が月一で掃除しに来てたり。(なぜなら完全放置の『空き家』の固定資産税が上がったから。)

 

遠方の、誰も住まない空き家に月一で掃除に行くくらいなら、

「多少、リノベーションしてもいいから、家賃格安で、若者に住んで欲しい。」

って言いはじめる、『住める空き家』主も出てくるんじゃないかな?

 

 

で、

そんな時代の『シェアハウス』は主にクラウドファンディングで作られるようになると思う。 

 

20世紀の株主が、

「モノやサービスの『生産性』」

を上げるために株式投資していたことに対し、

 

21世紀のクラウドファンディングの支援者達は、

「コミュニティの『生産性』」

を上げるために支援する。

 

なぜなら、

この時代、おカネよりもコミュニティのほうが重要だから

じゃないかな?

 

フルサトをつくる: 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方

フルサトをつくる: 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方

 

 

 

で、そういう時代をけん引するのが、今までの日本社会で全く評価されてこなかった、

『るろうに』系ミニマリスト

なんじゃないかな?

 

江戸時代は『非人』、

明治時代は『るろうに』()、

戦後は『ヒッピー』、

90年代は『フリーター』、

00年代は『外こもり』、

と言われた彼らが、初めて日本社会で評価される時代が来るのかもしれない。

 

なぜなら、地方都市コミュニティには、彼らが欲していた▼『関わりしろ』があるし、過疎化が進む地方都市も、若い移住者を欲している。

そこには00年代の「アジア外こもり」とは違うwinwinの関係が成り立っている。

(111)ぼくらは地方で幸せを見つける (ソトコト流ローカル再生論)

(111)ぼくらは地方で幸せを見つける (ソトコト流ローカル再生論)

 

 

で、僕は、2010年代は、それでもまだ、

『移住』は『意識高い移住』がメインなんじゃないかな?

って思う。

 

▼『移住先でビジネス!』的な。

脱東京  仕事と遊びの垣根をなくす、あたらしい移住

脱東京 仕事と遊びの垣根をなくす、あたらしい移住

 
神山プロジェクト

神山プロジェクト

 

 

もしくは、

「高知に移住して、ブログで稼ごう!絶対に死なないシェアハウスで!」

みたいなw

 

実際、去年、僕が、上諏訪の『リビセンお助け隊』で働いていた時も、現地のおじさんから、

「がんばって経済を回してください!」

って言われた。

 

 

けど、僕から言わせれば、すでに、

「プロダクトの『生産性』」 

がカンストした時代に、

「おカネ儲け」 

を考えている時点で、

20世紀を引きずっている

ように思える。

 

「絶対に死なない!」って言われても、すでに日本社会で餓死する可能性は極めて低いしねぇ。。。

 

 

なので、経済なんて、回ろうが、回らなかろうが、別に死ぬこたぁないのだ。

 

そもそも、

『経済』は『人間』のためにあるわけであって、『人間』が『経済』のために生きるのはオカシイと僕は思う。

 

それって「手段」と「目的」が逆転しているよねぇ??

「経済」という言葉の由来は▼「経世済民」じゃなかったのかよwww

経世済民 - Wikipedia

 

 

この時代、

「コミュニティの『生産性』」

こそが、僕は一番、大事だと思っている。

極論、おカネなんて、どーでもいい。

 

で、それは現在、全国のゲストハウス中心に、佐々木俊尚さんのいうところの▼『ゆるゆる』なコミュニティが形成されつつあると僕は考える。

【公開インタビュー】佐々木俊尚さん vol.2 今どきの共同体作りにフィットするのは、“ゆるゆる”したつながり方 – YADOKARI|スモールハウス/小屋/コンテナハウス/タイニーハウスからこれからの豊かさを考え、実践するメディア。

佐々木:圧倒的に外に開かれています。まず、インターネットを使いまくっていますね。僕も彼らのイベントに呼ばれたりするのですが、ものすごくFacebookにタグ付けしてきますよ(笑)。情報をどんどん出しているんです。人の出入りも多いですね。ゲストハウスを運営していて、いつでも誰でも泊まりに行けるので、どんどん新しい人が見に来て、継続的に新規の参入者がいる。

 

この時代、生まれ育ったコミュニティや、就職した企業コミュニティになんてとらわれる時代じゃないと僕は思います。

すべては『ゆるゆる』でOK!

 

 

つまり、『家』という『住』環境に人生が従属していた19世紀、

『職』業、つまり『企業』に人生が従属していた20世紀を越え、

『居』場所を自分で選べ、それに『住』居や、『職』業を従属させる21世紀という時代の本番が間もなく来ると僕は考えます!

『住』従属人生の19世紀、『職』従属人生の20世紀、『居』従属人生の21世紀。 - A1理論はミニマリスト

 

 

で、

ここに来て、日本の元号も『平成』から、次の元号に切り替わる。

 

その平成後の「新時代」を救うのは、今まで日本社会ではずっと冷遇されてきた、でも、

「コミュニティの『生産性』」 

を上げることがブログやSNSでできるし、モノがないので身軽ですぐに移動することができる、

『るろうに』系ミニマリスト

なんじゃないかな?

って思ってきました。 

 

 

 

なので、

『るろうに』系ミニマリスト

はこれからも、胸を張って言おう!!

 

「働きたくないでござる!!絶対に働きたくないでござる!!」

とwww 

(って、結局、オチはいつもいっしょやがなw)