A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

究極的には世の中には「好きな人間」も「嫌いな人間」もいない。すべての人間が『違う』だけだ。

【スポンサーリンク】

「好きな人」「嫌いな人」とよく言うけれど、、、

 

僕は究極的には「好きな人」とか「嫌いな人」とかは存在せず、すべての人間が『違う』人間なだけだと思ってます。

 

 

だってそうじゃないですか。

違う母親から生まれて、違う家で育って、生まれ育った地域も違うし、家族構成も親戚構成も違うし、同じ兄弟姉妹でも興味関心はぜんぜん違ったりするし(テレビのチャンネル争いとか)、所属した学校の校風にも左右されたりする。

 

我々がすべて同じように考えるべきだというのはよくない。競馬レースが成り立つのは意見の違いがあるからだ。(マーク・トウェイン) - A1理論はミニマリスト

▲マーク・トウェインは正しい!(そーや!そーや!トムソーヤ!!)

 

 

 

じゃあ、「好きな人間」「嫌いな人間」ってなんだろう?

 

それはおそらく、

自分の今の状況にマッチした人間が『好きな人間』

で、

自分の今の状況にマッチしてない人間が『嫌いな人間』

なんじゃないかな?

 

 

例えば黒田官兵衛が、備中高松城で、昨日まで敵だった毛利氏といきなり手を組み、中国大返しをして、昨日まで味方だった明智光秀を打った。

 

これは『信長が生きている』という状況下においては毛利氏は信長と敵対する「嫌いな人間」だったが、『信長が死んだ』という状況下においては毛利氏は強力な仲間になりうる「好きな人間」に変化した例だろう。

明智光秀はその逆、ということになる。

 

 

また、松本人志・高須光聖の幼馴染みでやっている『放送室』というラジオ番組で、高須光聖が故郷の尼崎に帰った話をしていて、

「●●と▲▲が、最近、めっちゃ仲ええねん。」

という話を松本にした時、松本はものすごく驚いて、

「ええっ!!あの2人、この40年間、ほとんど話もしたことがないような間柄やったやん!!」

と言う回がある。

 

おそらく、その話の前後の話からして、その尼崎の2人は、40年間、同じ地域に住んでいてほとんど話をしたことのない間柄だったのに、最近、何らかの利害が一致し、急激に仲良くなったのだろう。

それは東京に出てきて20年近くほとんど尼崎に帰ってない松本からしてみれば「信じられない」ことだったのだろう。

 

まぁ、でもこういう話はけっこう『地元あるある』的なところがあって、僕も地元の友達の話を聞いた時に、

「えっ!?その2人、高校時代はほとんど接点なかったよね???」

という2人が毎日のように遊んでいたりしていてビックリしたりする。

 

おそらく、その2人は高校時代は生き方がマッチしなかったんだろうけど、なんらかの状況下で、生き方がマッチしたんだろう。

 

 

 

なので、

絶対的に「好きな人間」「嫌いな人間」は、究極的にはいない

と僕は思ってます。

 

 

じゃあ、なんで「好きな人間」「嫌いな人間」の話をみんなよくするんだろう?

 

いくつかの要因はあると思うけど、一番大きな要因は、

『状況』の流動性が低い

ことがあげられるんじゃないかな?

 

『状況』って、変わるものだけど、変わらない時は年単位、下手したら数十年も変わらない時がある。

 

その場合は「好きな人間」「嫌いな人間」はずーーーーっと変わらない。

理由は『状況』が変わってないから。

 

ずーーーーーーっと、実家にいたり、

ずーーーーーーっと、同じ会社の同じ部署にいたら、

ずーーーーーーっと、『状況』が変わらない。

何年も、何十年も。

 

 

そうなってくると、頭がおかしくなってくる。

いや、人によると思うし、『状況』にもよると思うけど、少なくとも僕は実家にずーーーーーっといたら、20歳そこそこで頭がおかしくなって、最悪、死んでたと思います。

 

職場の嫌いな人の取り扱い方法

職場の嫌いな人の取り扱い方法

 

 

 

そんな人は、僕は、「旅」に出るべきだ、というのがもう20代からの一貫した考えです。

「旅行」ではなく、「旅」。

 

 

「旅」に出ると、いろんな人間に出会える。

だから、

やっぱりこの世には「好きな人間」も「嫌いな人間」もいなくて、『違う』人間がいるだけだ。

ということに気付かされる。いやがおうにも。

 

 

ただ、僕はずっと「旅」=「海外一人旅」派でした。

その理由はズバリ!

最近まで日本にゲストハウスがなかったから。

 

けど、去年から試しに日本のゲストハウスに泊まるようになってからは、少し考えが変わりました。

 

 

日本のゲストハウスでも十分に、人間の『違い』を体験できると思ったから。

それはもしかしたら、日本社会が少し▼『SIMフリー』化してきたからかもしれない。

人生を『SIMフリー』化して生きていく日本の若者たち。 - A1理論はミニマリスト

 

あとは日本のゲストハウスには「ゲストハウスバー」がついているところも多く、交流しやすいという点もあるだろう。

 

日本独特の温泉や銭湯はだいたい近所にあるから、リラックスできるし、海外のゲストハウスよりは変な人が少ない。(これは単純に価格帯、という意味あいが強いと思う。アジアのゲストハウスとは一桁くらい違ったりするので。)

また、女性には「女子ドミ」があるのもおそらくありがたいんじゃないかな、と思う。アジアのゲストハウスだとあんまりないからね。ドミトリーにカーテンもないところが多い。

 

それにそもそも、アジアまで行くのが時間がかかるし、行っても有給休暇くらいではゆっくりできない。長期で行こうとすると仕事を辞め、アパートを引き払わないといけない。

日本のゲストハウスなら一泊二日くらいの短い休みでも行けるし、有給休暇でもアジアへ行くよりはゆっくりできると思う。

 

 

80年代から00年代までは、人間が『違う』ということを実感するためにはわざわざ仕事を辞め、アパートを引き払い、パスポートや航空券をとり、アジアのゲストハウスまで泊まりにいかないといけなかった。

 

しかも帰国後はアパートも借りれなかったり、おっさんたちにヒッピー扱いされたりもした。

それでも国内で気が狂って死ぬよりは、まだ、そのほうがマシだった。

 

 

今の時代はすばらしい。 

日本中にこんなに魅力的なゲストハウスがあるなんて!!

 

いつでも好きなときに、

「人間はそもそも個々に違う生き物なんだ」

ということが理解できる、国内ではレアな『体験』ができるなんて!!!

 

 

というわけで、みんなゲストハウス行こう!!

(といういつもと同じ結論w)