A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

「玉子が食べられる」だけで十分『幸せ』だ。

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おかげ様で、仕事を始めて半年。

 

貯蓄金額が▼『第一次目標金額』に到達した僕は、、、

第一次目標金額到達!今日から第二次目標金額に向けて突っ走るぜ!! - A1理論はミニマリスト

 

贅沢を覚えてしまい、ソバの上に天ぷらをのせ、あろうことか、最近は▼玉子まで落としてしまってます!

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「贅沢は敵だ!!」

と、いつも自分に言い聞かせていますが、、、、

 

この玉子を溶いて、ソバに絡めてすすったら、

めっちゃんこ美味しいんですよ!!

 

あ、値段は天ぷらと玉子込みで340円です(笑)

 

 

で、今日も、

「美味いなぁ。。。」

と、玉子汁のソバをすすりながら、、、

 

ふと、こう思いました、

「『玉子が食べられる』だけで、十分『幸せ』じゃないか。他になにを望むことがある?」

と。

 

 

日本はほんの少し前まで、

「玉子なんて『贅沢品』は病人しか食べられなかった。」

と言います。

下手したら、病人でも貧しい人は食べられなかったかもしれない。

 

そんな『贅沢品』を病人でもないのに毎日のように食べられる、しかも天ぷらまで乗せれるなんて、

俺は、なんてバチ当たりなんだろう!(笑)

 

 

思うに、「玉子は病人のもの」と言う世代がまだこの時代に生きてるってことは、

日本社会は、本当に、急速に、すごいスピードで、いっきに、『贅沢度』がインフレしていったんじゃないかな?

フリーザが地球に来て、トランクスに一刀両断された時と同じくらいの戦闘力の急激なインフレ!(笑)

 

なので、現代日本人は、その急激な『贅沢度』インフレに心身ともに麻痺しちゃってる気がする。

 

だから、

「『玉子』が食べれるだけで『贅沢』!」

なんて、リアル世界で言うと、バカにされるか、同情されるかのどちらかだろう。

 

なので、ブログで書いてみる。

ブログって、超便利!!(笑)

 

 

 

オンボロ&相部屋の学生寮に4年間住み、

バックパッカーとして中東の少し危ない国にも行ってた僕としては、

 

銃声のしない街の、

風呂ありの個室アパートに住んで、

好きな時に玉子が食べれて、

借金に悩むことなく、

毎日、ブログが書けて、

時々、ゲストハウスに泊まりに行ける、

 

それだけで、めっちゃんこ『幸せ』だ。

 

 

これ以上の『幸せ』なんてそうなくて、

「人類の『幸せレベル』は既にカンストしてる!!」

とさえ思う。

幸せレベル99。

 

なので、人生において、これ以上の『幸せ』を求めるのは、僕から見れば、すごく下品なことのようにも思える。

『足る』ことを知れよ、と。

 

 

 

僕的には80年代に描かれた漫画▼『大東京ビンボー生活マニュアル』の主人公・コースケのような生活が、一番贅沢な時間の使い方だと思ってる。

大東京ビンボー生活マニュアル(1) (モーニングコミックス)

大東京ビンボー生活マニュアル(1) (モーニングコミックス)

 

 

主人公・コースケは、コミュニケーション能力も高く、同じアパートで5浪している浪人生が持ってた、医学部の入試問題を一瞬で問いてしまうくらい優秀なのに、あえて大学卒業後も就職せず、▼杉並区のオンボロアパートで延々とフリーター生活をしている。

なにもないシアワセ 大東京ビンボー生活マニュアル

なにもないシアワセ 大東京ビンボー生活マニュアル

 

 

でも、「飢えない時代」に無駄にあくせく働いて、

『人生の残りの健康時間』

という、人生最大のリソースを無駄使いするくらいなら、玉子が食べれるレベルのビンボー生活で、のんびりと『余生』をスローライフで過ごしたほうが、よっぽど人生コスパいいと思う。

 

真面目に生きりゃバカを見る。

誰になんと言われようと、

自分が『幸せ』と思ったことが『幸せ』だ。

 

 

『欲望の総量』を「世間」に合わせるのではなく、

「自分自身」に合わせる。

それこそが、故・ジョブズの言ってた、本当に『自分の人生を生きる』ってことなんじゃないかな?

 

 

僕は、『欲望の総量』を「自分自身」に合わせた結果、

「毎日、玉子が食べれて、時々、ゲストハウスに泊まれること」

が最高の幸せだっただけで、その自分自身の『欲望の総量』に十分事足る所持金があればいいと思って働いています。

それ以上、カネがあっても、たぶん、持て余すだけだ。

 

 

他人はそういう生き方を「ミニマリスト」と言うかもしれないし、まぁ、僕もこのブログタイトルのように自分で言ったりしてるんだけど、

「欲望を満たす」

という意味では、僕の生活は、けして最小限ではなく、むしろ最大限だ。

 

ただ、その『最大限』の総量が、世間一般のそれより、すこし少ない、というだけだ。

もし誰かを幸福にしてやりたいと思うなら、その人の欲望の量を減らしてやれ。(セネカ) - A1理論はミニマリスト

 

 

で、このブログ記事にも、おそらく、

「本当に『幸せ』なヤツだ。」

みたいなブコメが付くと思うけど(非公開だけどw)、そんなブコメする人には僕はこう言いたい、

「ああ、俺は『幸せ』だ!

 で、キミは『幸せ』なのかい?」

と。