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A1理論はミニマリスト

ポジティブにつぶやき中@A1riron

他人を『否定しない』若者たち。

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先週の月曜日から金曜日まで、上諏訪に今月末にオープンする▼「リビルディングセンター・ジャパン」のお助け隊に行っていました!!

上諏訪リビルディングセンターのお助け隊を体験!めっちゃ面白かったよ!! - A1理論はミニマリスト

 

まぁ、ボランティアなんですけど、これがめっちゃ面白いんですよ。

 

みんな、最後は、

「帰りたくない。」

と言いながら帰っていきます。

給料が出る普通の仕事を先延ばししてでも、リビセンお助け隊を延長する人も。

 

僕も、4日間、そんな人たちを見送り続け、最終日はやっぱり、

「帰りたくない。」

と言いながら、家路に就きました。

 

 

なんというか、リビセン・ジャパンは、

「ゲストハウスみたいな会社だな~」

って、思いました。

 

ゲストハウスは、おカネを払って、所属意識を買うようなもので、

リビセンは、時間を払って、所属意識を買う、みたいな。

 

都会で『肉体的』に疲れた時は、

マスヤに泊まり込んで、毎朝毎晩温泉に入って、美味しい物を食べ、マスヤバーでゲストと0時まで話し込み、ゆっくり湯治生活するのが一番いいと思いますが、、、

 

都会で『精神的』に疲れた時は、

ビセンで数日間、ボランティアすれば、なんだかものすごくスッキリするような気がします。

 

なんというか、一丸となって、「古い物」を「レスキュー」することに必死な集団で、なんか、ちょっと部活みたいなところがある。

 

本場ポートランドのリビセンは行ったことないけど、

これって、人生においてはかけがえのないことなんじゃないかな?

と思いました。

 

古い物を「レスキュー」してるんだけど、実は自分自身がリビセンに、人生をレスキューされてる、みたいな。

 

 

で、リビセンで僕が会った人たちは、東野夫婦や、リビセンスタッフ、お助け隊の面々まで、

他人を「否定しない」 

んですよねぇ。

 

今現在、働いてない人でも、

「のんびりできていいじゃん。」

「これからいくらでも可能性があるじゃん。」

「ずっとリビセンにいればいいじゃん。」

みたいな感じ。

ものすごく、ゆるふわ。

 

▼リビセンでみんなでかなこさんの「手作り激ウマ・カレー」を食べるの図。

f:id:A1riron:20160912002934j:image

 

職業もいろんな人がいて、普段、スプーンを作っていたり、お椀を作っていたり、リンゴを作っていたり。

僕も普段、会わないような人種で、ものすごく新鮮でした。

 

そういう人たちとゲストハウスで会うことがあっても、共同作業でひとつの目標に向かって何かをしたり、何かを達成したり、失敗して笑いあったり、同じ釜のご飯を食べながらあれが美味しい、これが美味しい、と言い合ったり、facebookを交換したりって、そこまではない気がする。

 

「この雰囲気はなんなんだろうな~?」 

と考えたら、

昔の僕の田舎の「町内会」とか「子供会」に近いかな?

って思った。

 

なにかひとつの目標に向かって、一丸となって突き進む。

その中で「友情」が芽生える。

 

 

でも、その「町内会」「子供会」に所属していた子供たちも、高校に行くとバラバラになり、大学へ行くとさらにバラバラになり、その後はさらに細分化されていく。

 

で、いつのまにやら、もっともらしいことを言う『大人』になり、いろんな人やモノやサービス、会社や組織、国や宗教、人種までも「否定」する『大人』になってしまう。

 

 

バブルの頃までは、そういう細分化された組織の中で、

「自分の組織以外の組織や人間」

を否定していたら、定年までメシは食えたんだろうな。

女子なら専業主婦、みたいな。

 

でも、バブルは弾け、そんな昭和の制度は形骸化し、

他人を「否定」すれども、うま味なし

な時代になってきたと思う。

 

人材は流動化し、会社もいつ潰れるかわからないし、自分が関わるサービスもいつ終了するかわからない。

職場でいっしょに働いている人の派遣会社も違うし、ある日、突然、来なくなる人もいる。

 

そりゃそうだ。

「人手不足」と言いながら、給料は一向に上がらないし、派遣会社なんて有名無実で、こっちが仕事のことでメールしても担当からは返事も来ない、単なるピンハネ会社なんだから。

そんな組織、いつ辞めてもいいし、いつ潰れてもいい。

 

 

「それなら、そもそも、組織単位で人間を『否定』するのはコスパ悪いんじゃないか?」

って、日本の若者は気づき始めてきたんじゃないかな?

 

 

結局、

組織の肩書なんてとっぱらっちゃって、田舎の「町内会」「子供会」に立ち戻るのが一番、人生コスパいいんじゃないか?

と。

 

「何年も働いてない」

のも、

「ほとんど儲からない自営業」

なのも、

「移住してきて小屋暮らし」

なのも、

「日本中のゲストハウスを転々としながら気ままな生活」

なのも、、、

 

すべて「アリ」じゃないか。

なんの法律にも、条令にも、反してないじゃないか。

と、悟りつつあるんじゃないかな?

って思った。

 

 

人間を偏差値や会社のランクや年収なんかで判断するのなんて、そんなのは都会の一部で流行ってる宗教みたいなもので、そんなの、人間の本質とは一切関係ないじゃないか。

いったい人を見る上に、単に成功とか失敗とかを標準にして計るのは根本からの間違いではあるまいか。(渋沢栄一) - A1理論はミニマリスト

 

 

リビセンボランティアしている間は、カネは入ってこなかったけど、カネを使うこともあんまりなかった。

 

あれを体験してしまうと、

「なんだ、人間なんて、毎日、美味いメシが食えて、寝るところがあって、くだらないことで笑いあえる仲間さえいれば、十分、人生は『豊か』じゃないか。」

って思えてきます。

家は洩らぬほど、食事は飢えぬほどにて足ることなり。(千利休) - A1理論はミニマリスト

 

おそらく、

20世紀の終わりにも、そんな宗教や組織、ムーブメントはあったんじゃないかな?

って思うけど、それらはすべて「閉じられていた」と思う。

「閉じられていた」時点で、他人を「否定」することと同じだ。

 

 

現在の若者は、すべて「開かれた」世界で、かつ、他者を「否定」しないフェーズに入ってきている気がする。

 

それはネットやブログと同じ、

「グローバルネットワーク」

に対して、オープンな気がする。 

 

他人を否定するより、他人と自分は「違う」ことを認め合いながら、共存共生していったほうが、よりよい人生を送れる。 

 

いや、

この「世界」自体が▼『共存共生エンド』に向かっていってるんじゃないか?

と、薄々、理解しているのかもしれない。

この「世界」は『共存共生エンド』に向かって行っているんじゃないかな? - A1理論はミニマリスト

 

そういうマインドをすでに生まれつき習得している世代なんじゃないかな?

今の若者は。 

人類は『競合』せずに、『共存』する町に住みたがってきているんじゃないのかな? - A1理論はミニマリスト