A1理論はミニマリスト

ゲストハウスと下諏訪が好き。

ミニマリスト佐々木典士さんの3年ぶりの新刊が6月14日に発売!なんと!ブロガーは無料でもらえるよ!!

去年の年始に京都の南部にひきこもり移住し、去年後半あたりから、

「今、『習慣』についての本を書いている。」

と言っていた、、、

 

「髭仙人」こと、▼「ぼくモノ」の佐々木典士さん!!

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

 

 

「ぼくたちは習慣で、できている。」の画像検索結果

 

 

ついに、▼昨日、その情報が明らかになりました!!

 

ぼくたちは習慣で、できている。

ぼくたちは習慣で、できている。

 

 

 

そしてさらに、出版元のワニブックスさんから▼すごい企画が!! 

 

詳細は▼こちら!!

twitter.com

 

『ぼくたちは習慣で、できている。』発売記念フェア開催!!(佐々木典士) | ワニブックスオフィシャルサイト

 

\ぼく習レビューキャンペーン!/

ブログやnote、書評媒体などで本を紹介してくださる方を大募集します!
Twitterの
@bokutachi_waniへDMで応募された方、
先着100名に『
ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニブックス刊)を発売前にお送りします!

【応募方法】
●Twitterの『ぼくたちは習慣で、できている。』公式アカウント@bokutachi_waniへの
ダイレクトメールにて、
①氏名
②送付先住所
③レビューを書いていただけるブログなどのURLを明記して、
5/14(月)までにお送りください。
●書籍は、2018年6月6日以降に順次発送させて頂きます。
先着100名様に入られた方には2018年5月31日までに
ダイレクトメールにてお返事を差し上げます。

 

たぶん、まだ先着100名埋まってないと思うので、

これを見たブロガーの方は急いで応募しましょう!!

 

 

僕も出版業界に関わったり、佐々木さんからいろいろ聞いて分かったのですが、、、

 

出版業界は、本が発売されてすぐに、

「はやくも増版決定!!」

って言いたいんですよねぇ。

 

第二版が売れれば、さらに、第三版、第四版、と、

トントン拍子に増版され続ける可能性も高い。

 

逆に、発売されてから半年くらいにブログ記事を書かれても、増版とかにはあんまり影響しないし、出版社や著者も、もう別の本のことで頭いっぱいになってたりするw

 

なので、

ブロガーは出来るだけ出版直後、出来れば発売日に【本日発売!】みたいにブログタイトルにキャプションつけて、書評や読書感想文を書いてあげれば、

①出版社

②著者

③読者

④ブロガー

の『四方よし』になります!!

 

まぁ、

要はブログ記事が公開直前に「はてブ」等でバズる構図とほぼ同じですw

はてな的に言えば、『新着エントリー』→『人気エントリー』の流れですw

 

(逆に出版社や著者はtwitterアカウントでブロガーさんの書評や読書感想文をリツイートするといいと思います!あとKindle版も同時発売が嬉しいですねぇ。AmazonアソシエイトはKindle版で売れるほうが利益率が高いので、ブロガーさんの収益率も上がります!)

 

今回に関しては、

6月6日以降にブロガーに「ぼく習」が順次、発送されるらしいので、届いたらすぐに読んで、出来れば発売日の6月14日にブログ記事を【本日発売!】のキャプション付きでアップ、遅くても6月中に記事を書いたほうが『四方よし』になるでしょう。

 

 

 

 

すでにミニマリスト・ブロガー達も読書感想文を書く気満々ですね!! 

 

 

 

 

 

ぼくたちは習慣で、できている。

ぼくたちは習慣で、できている。

 

 

 

そう言えば、

『ぼくモノ』も発売直後に各ミニマリストブログでバズったことがヒットした一要因でもあったと思います!! 

 

▼3年前の僕の記事。ていうか、この頃の僕の記事、短い!!w

『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は最短でミニマリストになれる「悟りの書」!ミニマムな労力で「賢者」に転職して人生コストを劇的に削減!! - A1理論はミニマリスト

 

あと、、、

哲学者アリストテレスはこう言った「私たちは繰り返し行っていることの結果である。だからあらゆる偉業が行為ではなく、習慣によって成し遂げられる。」

ぼくモノの頃からすでに『習慣』に言及している髭仙人!w 

 

 

そう言えば、

3年前は髭仙人は▼ミニマリストオフ会に行きまくってて『オフ会荒し』とか言われておりましたな!!w 

 

ま、この頃の『オフ会営業』が『ぼくモノ』のヒットの遠因になったのでしょう。  

 

ぼくたちは習慣で、できている。

ぼくたちは習慣で、できている。

 

 

 

で、昨日、佐々木さんから、

 

と、言われたので、

 

と言うと、

 

とのこと!

なるほど、深い。

 

 

というわけで、

「僕はなんでブログを書くのか?」

を、改めて考えてみた。

「動機の言語化」の画像検索結果

 

 

 

「自分を掴むカギ」

はそこにあるのかと思う。

 

 

 

僕が、ブログというか、ウェブ上に雑文を書き散らすようになったのは、20歳で地元のF欄大学を辞めて東京の大学に入りなおし、その直後の4月、大学のメディアネットワークセンターで、生まれて初めて『インターネット』なるものに触れてからだ。

 

まだ、windows98が出るまえ、1998年の春のことだ。

 

その頃から、僕は大学の授業にもろくに出ずに学内掲示板(マイ●ストー●掲示板)に雑文を書き散らしていた。 

 

大学には授業に出るためではなく、

その学内掲示板に書き込みをするためにだけ、わざわざ田無の学生寮から1時間かけて通っていたw

時には24時間ネットが使える、22号館で朝まで過ごしたw

 

 

そもそも、僕がわざわざ、借金(日本育英会、現在の日本学生支援機構)してまで東京の大学に入りなおしたのは、元々は新聞社に入るためだった。 

そのためにマスコミに強い大学を選んだ。

 

で、某新聞社で編集庶務のバイトとかをしてもみたけど、やっぱりそれ以前にインターネットに触れてしまっていたので、

「もうこれでいいじゃん!!マスコミに入らなくても!!」 

って思った。

 

新聞社で匿名記事を書くより、インターネットで固定ハンドルネーム(コテハン)で情報発信すれば、

僕の人生はもう『それだけでいい』

と思った。

 

わざわざ就職難の時期に苦労して新聞社に入社し、入社後も地方のドサ周りをしてまでオワコンの紙媒体で情報発信する必要性はないんじゃないか?

と思った。 

 

 

あ、その頃、髭仙人は僕と同じ大学のキャンパスで落語同好会に入って落語に勤しんでいたらしいw

なにやってるんだかwww

 

 

その後、学生寮にネット回線が敷かれるようになってからは、

僕は当時流行っていた『メーリングリスト』を運営するようになった。

 

僕が使っていたのは「Yahoo! eグループ」、当時の学生団体でこれが流行っていた。

2000年の年末くらいの話だ。 

 

僕はやっぱり、そこで雑文を書くことに夢中になり、就職活動も途中でアホらしくなって辞めた。

 

東京に来る目的だった新聞社には、結局、1社も、書類取り寄せさえしなかった。

 

 

その後、大学を卒業して、学生寮の先輩の影響もあってバックパッカーになり、

1年4ヶ月かけて▼アジア横断した。

アジア横断 (旅行人ノート)

アジア横断 (旅行人ノート)

 

 

当時は世界中の安宿街にネットカフェが出来始めていて、僕はそこでメーリングリストのメンバーに向けて、

『アジア横断メールマガジン』

を更新しまくったw

 

 

帰国後、東京・蔵前の読者宅に居候している時、mixiの招待状が届き、

その後はmixiにどっぷりハマり、2005年の年末には『花やしき遊園地・貸し切りオフ会』も開催!!

 

 

しかし、20代を通し、学内掲示板にしろ、メーリングリストにしろ、mixi日記やmixiオフ会にしろ、

「自分と親和性の高い人」 

には、ついぞ出会えなかった。

 

 

そして、2006年の年末から、実家の経営がヤバくなってきたので、

僕は東京のブラック企業で働きながら、稼いでは実家に仕送りし、また稼いでは実家に仕送りし、の生活が続き、自分のアパートの家賃もギリギリな生活になり、mixi活動も休止。

 

まぁ、ちょうど、mixiも過疎化がはじまっていたし、当時のmixiユーザーは初期ユーザーと違って、ほとんどDQNだったから、ウェブ活動自体を休止し、

仕事仲間と勉強会兼飲み会をするようになった。

メインの場所は高田馬場のさくら水産やサイゼリヤ。

 

 

今思えば、学内掲示板から始まった20代のオフ会経験が、この30代初めの勉強会兼飲み会に活かされたと思うし、僕的には、僕がオフ会会場に出向くよりは、

「高田馬場まで僕に会いに来てくれる人」 

にだけ、用があった。

 

けど、その勉強会兼オフ会も、最初は良かったものの、メンバーは就職したり結婚したりすると一人ずつ抜けていって、最後のほうに残ったのは、常に貯金額0円で、毎日、仕事の愚痴を言い続けるネガティブな人ばかりになった。

 

で、僕も「親の借金」と「学費の借金」という『双子の赤字』に一応の決着がついたので、その勉強会兼飲み会を解散!!

その長く続けた仕事自体も2012年春に辞めた。

 

 

30代半ばで、人生ではじめて『おカネに困らない暮らし』を手に入れた僕が、次に欲したのは、

「自分と親和性の高い仲間」 

だった。

 

ていうか、僕の人生はずっとそれなんだけれどもw

 

 

で、2013年初めに『はてなブログ』なるモノが始まると聞き、mixi出身の僕は、

「次はこれなんじゃないか??」 

と思った。

 

ブログというモノがmixiとほぼ同時期の2003年に始まっていた。

僕はずっとブログには興味なかったけど、ブロガーのちきりんさんやphaさんには興味があったし、その2人が使っていたサービスが『はてなダイアリー』だった。

 

twitterやfacebookという、ブログを拡散するSNSも2013年にはすでに普及していたし、この頃にはスマートフォンも普及していた。

 

 

しかし、僕の『はてなブログ』活動は2013年は頓挫。

 

僕は結局、2013年には、

「自分と親和性の高い人」

は見つけられなかった。

 

 

しかし、2015年に、▼メグさんのブログに出会い、

ミニマリストは世界を変える!

 

「そうだ!俺の生き方は、ずっと『ミニマリスト』という生き方だったんだ!!」

と思った。

 

僕のような『足るを知る』生き方をしている人は、年上の人や同年代にさえもほとんどいなかったから。

(僕は弟や妹でさえ、話が合わないw)

 

世界一豊かで幸せな国と、有難みを知らない不安な人々

世界一豊かで幸せな国と、有難みを知らない不安な人々

 

 

 

その後、髭仙人や、ミニマリストブロガー、ゲストハウス関係者、下諏訪にも出会い、

僕の世界は30代後半にして、やっと広がっていった!!

 

 

そして、

「A1理論さんに会いたい!!」

という人や、実際に僕を見つけて会いに来る人も少しずつ、増えてきた。

 

ミニマリズム宣言してから3年後、

僕の住む高田馬場や、僕が通っている下諏訪に来てくれる人が増えてきたのだ!!

 

 

たんたんにいたっては、

▼僕の影響でブログを始め、島根での仕事を辞めて東京に出てくるしまつ!!w

プロフィール - ゆとり男とミニマリストの融合ブログ

 

ちなみに、たんたんが「ブロガー不在の地」である島根でブログを書き続けた理由は、

「正気を保つため」

だったという。

 

 

というわけで、僕の20代初頭からの念願であった、

「高田馬場で、自分と親和性の高い人達とのオフ会」

も、40代に入って、やっと▼開催できるようになってきた。

『半X半ブロガー』なミニマリスト達で「ゆるいマネタイズオフ会」をやったら情報量がすさまじかった!! - A1理論はミニマリスト

 

 

20歳からウェブで雑文を書きはじめ、

 

20年間、山あり谷ありで書き続け、、、

 

40歳で、やっと目的を達成できたと思いました!!

 

 

というわけで、長くなりましたが、佐々木さんの「ブログを書く習慣作り」という質問に答えると、

「自分と親和性の高い人を探すために、ブログを書き続けたし、それが僕の人生における第一優先であり、それ以外はどうでも良かった。」 

ということでしょうか?

 

 

僕は東京に出て来なかったら姫路で気が狂って死んでいたと思うし、

インターネットに出会わなければ、東京でも孤独死していたと思いますw 

 

 

東京の大学に入れて、命拾いした。

田無の学生寮に入れて、命拾いした。

インターネットがあって、命拾いした。

『ミニマリスト』という言葉が出てきて、命拾いした。

国内に『ゲストハウス』が出来て、命拾いした。 

下諏訪という町があって、命拾いした。

 

 

僕がブログを書き続ける理由は、結局、

「生きたいから」

なんだろうな。

 

ぼくたちは習慣で、できている。

ぼくたちは習慣で、できている。