A1理論はミニマリスト

ゲストハウスと下諏訪が好き。

『ザ・ノンフィクション』後編を見て、Phaさんも僕も思想の根底には『学生寮』があるんじゃないかと思った。

本日、フジテレビで放映された、Phaさんとギークハウスを特集する『ザ・ノンフィクション』の動画がさっそく上がっていたので、先ほど見ました!!

 

www.youtube.com

 

で、いきなり、Phaさんの学生寮でのイベントのシーンからスタート!! 

 

「いいなぁ。。。」

って僕は思った。

なぜなら、僕が四年間住んでた西武新宿線の田無の学生寮は設備に限界が来て、2007年にぶっ潰れて、今は近代的な寮になっちゃってる。

 

そして、中野にも、ものすごく綺麗で大きな、同じ大学の別の寮も出来た。

でも、僕から言わせれば、あれらは寮であっても、寮じゃない。

寮という名のワンルームマンションみたいな。

 

僕にとっての寮は、もっとドロッとして、汚くて、ちょっと変な匂いがして、建物にツタが絡まってないと寮ではない。

 

なので、未だにそんな寮が物理的に残ってるPhaさんが死ぬほど羨ましかった。

 

で、その寮のイベントでPhaさんが語っていたこと。

 

ちょっと前後の文脈がないのと、二重否定で日本語が複雑なのもあるけど、多分、Phaさんはここではこう言いたかったんじゃないかな?

 

「寮に住んだことのない人には、(寮というシステムが)理解出来ない人がほとんどだと思う。」

と。

 

で、動画を全部見た後に、この言葉をさらに僕的に意訳すると、

「寮に住まないと、寮の良さを理解出来ない。」

 

さらにもっと僕的に意訳すると、

「寮の良さを世の中に広めたい!」

ってことになる。

※個人的な意訳であり、本人がそう思ってるかどうかはわかりません。

 

 

で、僕がそう思うのは、

「なんで、大学を卒業したら、『寮』的なシステムがなくなるんだ!?」

って、よく思ってたから。

 

ていうか、今も思ってる。

 

戦後日本は『社員寮』『独身寮』みたいなシステムがあって、若い新入社員とかは入社何年かは給料が安くても、実質の生活費が安くなってた。

 

江戸時代は、それこそ台東区あたりに長屋が並んでて、ビンボー人はすごく安く住めた。

 

雇用が流動化している21世紀。

社会から運悪くこぼれ落ちてしまった大人に、『独身寮』も『長屋』もない。

 

 

で、動画は、前編は練馬からの引っ越しの描写が多かったけど、この後編はギークハウスゼロの生活の描写が多い。

 

で、それを見た僕の感想は、

「まんま、学生寮じゃん!」

だった。

時々、物好きな変な女子が遊びに来るのも、僕が住んでた男子寮そっくりだ(笑)

 

「ああ、Phaさんは自分で学生寮の『続き』を作ってるんだろうな。」

って、元寮生の僕は思う。

 

 

もちろん、それは全く悪くない、

いや、むしろかなりいい!

 

なぜならば、暗い話になるけど、僕の学生寮時代の先輩、同輩、後輩の何人かは、卒寮後、20代のうちに自ら命を絶った。

後輩なんて、寮を卒寮したその春に自殺した、とだいぶ経ってから知った。

 

確かに、そいつらはみんな、生きるのが不器用なやつらだった。

それらの訃報を聞いた当時(20代)は僕も「学費の借金」と「親の学費」という『双子の赤字』の返済にいっぱいいっぱいだったので、それを聞いても、驚いたものの「マジで!?」くらいしか感想がなかった。

 

そして、それから10年ほど経ち、僕も少しは生活が向上し、この動画を見た後は特に、

「あいつら、なにも死ななくても良かったんじゃないかな?」

って思う。

 

彼らが死んだ理由は、特に明確にはされてないけど、おそらく、

「卒業して、『寮』にいれなくなった。」

ことが直接的、または間接的な原因だろう。

自分が属するコミュニティが無くなってしまったことに絶望してしまったんじゃないかな?

 

2000年前後、経済的な理由で寮に入った人間は僕とエスタークくらいだった。

多くの寮生は、節約という意味ももちろんあっただろうけど、

「寮に入るために、寮に入った。」

という寮生も、今から考えると多かったんじゃないかな?

特にその自殺したやつらは今、思い起こせばそんな気がする。

 

彼らは他の寮生と同じく、寮が大好きで、授業にも出ずに、麻雀してたり、バイトも寮の先輩に紹介されたバイトだったり、旅行も寮生と一緒だったり、とにかく寮にどっぷりの四年間を過ごしてたんじゃないかな?

 

ま、そういう寮生は多い。

そう言えば、一年の時の追い出しコンパで、当時の四年が、

「寮が9割の大学生活でした!」

って言ってた。

ま、多くの寮生はそうだ。

寮が家族というか、家族以上の存在。

 

Phaさんは自分の中でそんな大きな存在だった『寮』という空間を、ネットの力を借りて再現しようとしてるんじゃないかな?

 

たぶん、Phaさんも、

「寮が大学生活の9割」

な典型的な寮生だったんじゃないかな?

 

 

で、僕は寮も好きだけど、その他にもいろんなことに興味がある学生だった。

 

せっかく、地元の大学を辞めて、借金してまで東京の大学に出てきたのに、なんでみんな寮から出ないのか、僕にはわからなかった。

新聞社でアルバイトしたり、政治家の事務所にインターンしたり、学内掲示板でオフ会を開いたり、サークルを立ち上げたり、イベント開催したり、夏休みはアメリカやヨーロッパを一周したり。

(授業には出てません)

 

ただ、もちろん寮の仕事もちゃんとしてて、寮でイベント開催したりもしてた。

 

ただ、僕とっての寮の存在は大学生活の、まぁ、1〜3割くらいだったんじゃないかな?

 

僕は寮は肯定しつつも、生活の1〜3割で良かった。

姫路という『小宇宙』が嫌で飛び出してきた僕には、寮の世界もまた『小宇宙』だった。

 

多くの寮生と同じく、僕にとっても、

「寮は家族」

だった。

けど、寮に入るために東京に来たんじゃないし、寮に入るために生きてるんじゃない。

 

あと、個人的には、ちょっと男臭いのと、なんとも独特の文化なのと、モノも多いのもちょっとイヤだった。

(ま、動画見てもらえれば僕の言ってることがなんとなくわかると思う)

 

僕はたぶん、寮生にしては行動的過ぎるし、積極的過ぎるし、寮の外の人間ともよくコミュニケーションとるし、海外旅行も好きだし、そして、ちょっと感性が女子っぽかった。

 

それが、僕の今の『ゲストハウス活動』になってるんだろうな。

ゲストハウスガイド100  - Japan Hostel & Guesthouse Guide -

ゲストハウスガイド100 - Japan Hostel & Guesthouse Guide -

 

(▲僕がミニマリスト・佐々木さんと、ゲスハ女子・だりさんを会わせてできた本) 

 

寮の中の「エッセンス」だけを抽出し、それ以外を断捨離したら、僕は『ゲストハウス』になった。

 

逆にPhaさんは、寮をそのまま、ネットのチカラも借りて、マキシマムに表現したら『ギークハウス』になったんだろうな。

 

2人とも寮の原体験がベースにあって、そこに自分らしさを加えて行ったんだろうな。

 

 

で、そもそも、2人ともなんでそんなことをするのかというと、

「結局、これがないとダメだ。」

「他にもこれが必要な人がいるはず」

ということなんだろうな、もっと大げさに言うと、

「この『世界』をもっとよくしたい」

みたいな。

 

 

生きるのが辛い時代、寮っぽいサムシングがあることで、救われる人がいることを直感的に知ってしまっているんだろうな

って思う。

 

以上、元寮生の単なる独り言でした!(笑)