A1理論はミニマリスト

ゲストハウスと下諏訪が好き。

下諏訪『相楽祭150年祭』に行ってきました!そして相楽総三は「『四民平等』ありき」の社会を作ろうとしたんだと思った。

 

 

2018年4月1日。

年度初めの日曜日に、僕は下諏訪のマスヤゲストハウスで目覚めた。

 

『相楽祭150年祭』

に参加するため、前日から泊まり込んでいたのだ。

 

『相楽祭』とは、僕も去年参加した▼長野県下諏訪町で毎年4月の第1日曜日に行われている「赤報隊」を祀る行事です。

下諏訪『相楽祭』に行ってみたら歴史好き・幕末明治好きの人ばかりがいて楽しかった!まるで『赤報隊の同窓会』!! - A1理論はミニマリスト

 

「赤報隊」については▼こちらをご参照ください!

赤報隊 - Wikipedia

 

赤報隊の隊長・相楽総三はこの漫画▼『皇国の緋色』の主人公でもあります。

赤報隊隊長「相楽総三」を描いた漫画『皇国の緋色』が面白すぎて、気づいたら朝になってた話!! - A1理論はミニマリスト

 

僕は去年の『相楽祭』に参加した時、

「来年は150周年なので少し大きめの『相楽祭』をする予定」

との噂をキャッチし、、、

 

今年、年明けに下諏訪観光協会に電話し、その後、下諏訪の▼『ダイモン』の阿部さんを訪問し、詳細情報をGET!

4月1日(日)下諏訪での『相楽祭150年祭』の詳細情報をGET!『酒粕ラーメン』『あり井』『下諏訪パブリックハウス』ダイジェスト版!! - A1理論はミニマリスト

 

そして、

後日、家に招待ハガキが届き、どうにか僕も『相楽会』の末端に加えて頂けることになったようです!! 

 

 

というわけで、前日夕方に▼下諏訪入りし、、、 

下諏訪の、いつもの『豊かな夜』と『夜明け前』。 - A1理論はミニマリスト

 

当日の『夜明け前』になぜか目覚めてしまった。

まぁ、下諏訪ではよくあることなんだけど。 

僕はこの時間のマスヤゲストハウスのリビングをよくうろうろしてますw

 

というわけで、温泉へ!!

 

この日は日曜日で、いつもの『たるかわ』さんがやってないので、、、

 

朝のマスヤのコタツで最新情報をあさるw

ここにもあった!!w

 

 

で、、、

wwww 

 

ぶつぶつとつぶやきながら、ドミでゴロゴロww

 

AIとBIはいかに人間を変えるのか (NewsPicks Book)

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で、9時くらいに再び、リビングへ!せんりが元気に遊んでた!!w

1か月半会ってないだけで、めっちゃしゃべるようになってる!!ww

 

僕が二度寝してる間に、、、w

 

せんり、すごく動き回るなぁww

 

 

で、そんな遊んでたら9:30くらいになったので、10:00から午前の講演が行われる下諏訪文化センターへ!!

 

午後のメイン会場の相楽塚に少し寄る。

 

で、下諏訪文化センターへ急ぐ!!

うをー!!看板出てるー!!

 

中に入ると、、、

 

いやぁ、去年夏にここで行われた『キレイになろうよ!プロジェクト』の時とは全く客層が違いますね!!(あたりまえかww)

 

圧倒的にお年寄りが多いのですが、僕が並んでいた前の方は、

「今日、たまたま観光で下諏訪に来たのですが聞いていってもいいですか?」

と言ってました!すごい!!

 

で、受付して『あすなろホール』の中へ!

 

席は120席でしたが、

「これ以上、お客さんが来たら立ち見!!」

くらいな時に、講演会が始まりました!!

 

 

まず、相楽会代表の阿部さんがご挨拶。

 

今年は下諏訪町が町制施行から125周年らしく、その一環として、今回の『相楽祭150周年祭』が開催されることになったこと、諏訪湖博物館や岩波家から相楽総三の遺品を持って来てもらったことなどをお話。

 

会場には、ご子孫の方々や、歴史好きの方々が来られている、とのこと。

僕は後ろのほうに座っていましたが、圧倒的におじいちゃん率が高かったですw

 

 

次に、「赤報隊」や「夜明け前」について研究されてきた▼高木俊輔先生が、

維新史の再発掘―相楽総三と埋もれた草莽たち (1970年) (NHKブックス)

維新史の再発掘―相楽総三と埋もれた草莽たち (1970年) (NHKブックス)

 
『夜明け前』の世界―「大黒屋日記」を読む (セミナー「原典を読む」)

『夜明け前』の世界―「大黒屋日記」を読む (セミナー「原典を読む」)

 

 

『明治維新と偽官軍事件』

について講演。

 

赤報隊や相楽総三にあまり詳しくない方でもわかるように丁寧に概要をお話してくださいました! 

 

で、そのお話によると、今はほとんどの日本史の教科書に赤報隊が載っているそうです。

「政府は『年貢半減』令を間違いなく出している!」 

と、唯一、教科書裁判で認められたらしいです。すげー!

 

 

しかも、今の若者には相楽総三がよく知られているとのこと。

理由は『るろうに剣心』w

 

 

 

しかも、この日の2日まえと翌週の金曜日の▼『金曜ロードショー』で映画版のるろ剣をやっていたとのこと。

金曜ロードシネマクラブ|日本テレビ

 

ああ、あれは、、、駄作。。。

るろうに剣心 京都大火編

るろうに剣心 京都大火編

 

 

で、高木先生は、

「左之助は乱暴者のイメージがあるけど、相楽総三はもう少し丁寧に見てもらえれば、、、」

と言っていましたw 

 

ていうか、

映画版の左之助は原作よりDQN度が増してるんだよなぁ。。。

 

 

赤報隊と薩摩藩については、

「薩摩は新政府を作りたてで資金がなかった、志士は手弁当でカンパ制だった。大きく軍隊を作らなくてはいけなく、『年貢半減』令を出すと、国民は『年貢全減』を期待するかもしれない。そこで1月23日に新政府は『年貢半減』を取り消した。」

とのこと。

 

1月25日に政府は中山道を江戸に向かって進む赤報隊に「引き返し令」を出したが、

一番隊は引き返さずに進軍。

 

一番隊はそのまま、2月6日に下諏訪に到着し、2月15日にその先の碓氷峠を攻略。

 

その後、

「下諏訪の本陣に帰れ」

との帰還命令で下諏訪まで引き返し、そこでほとんどの隊士が下諏訪で死刑になる。

 

この一連の話では、諏訪の人間はほとんど出てこない。赤報隊に諏訪の人間はいない。

けど、相楽総三が諏訪の高嶋藩とのつながりが元からあった。

 

そのため、諏訪の人は今まで150年間、赤報隊と『相楽祭』を守ってきたのではないか、とのこと。 

確かに、相楽塚にいつ行っても、春夏秋冬、綺麗な花が供えてある。

 

 

その次の講演は、

相楽総三 赤報隊史料集』を書かれた▼西澤朱実先生の、

相楽総三 赤報隊史料集

相楽総三 赤報隊史料集

 

 

『相楽総三とおカネの話』

です。

 

西澤先生は、

「赤報隊は偽官軍や年貢半減が王道のテーマで、今日もそれについて熱く語りたいのですが、今回は『おカネ』というキーワードでアプローチしてみたい。」 

とのこと。

 

この30分の講演をミニマムにまとめると、

「相楽総三の家はとんでもなくお金持ちだった!」

ということですw

 

「小判小粒を枡ではかる家はあるが小島分限は箕ではかる」

と呼ばれたほどお金持ち!

 

ちなみに「小島」とは相楽の本名で、『箕』とは▼これ!

竹網代箕 37012

竹網代箕 37012

 

 

相楽家(小島家)は、

新政府を立ち上げた西郷隆盛の家とは対極の裕福な家だった

とのこと。

 

 

また、相楽総三(小島四郎)は旅立つ時に父から5千両を引き出して旅だったらしいけど、、、

 

鼠小僧とかが持っている千両箱は1箱5kgらしいので、5千両だと25kgくらい持って旅するのは無理ゲーだったんじゃないか?と西澤先生w

 

しかも、幕末の江戸では1両は今の2万7千円相当なので、5千両は今では1億4千万くらいで、命がいくつあっても足りない、とのことw

そんなバックパッカーはイヤだ!!ww

 

で、2016年に相楽総三の子孫の家から借用証明が子孫の家から出てきたらしく、それによるとかなりの額が踏み倒されている。

その後、木村家(相楽の息子が養子に行った叔母の家)は没落したらしい。

 

 

 

講演の最後は若い岩立将史先生の、

『相楽祭の源流とその変遷』

について!

 

岩立先生は、この『相楽祭』自体の歴史を研究されています!!

 

そしてこの日付けで徳川系の財団法人に勤務することになったそうです!.

相楽祭研究者が徳川の財団法人で働くなんて!!w

(徳川側から表彰されたらしいですw)

 

しかし、やっぱり長年、相楽祭について研究してきただけのことはあって、

話がかなりマニアック!!ww

 

赤報隊の慰霊活動は相楽らが処刑された年(1868年・明治元年)の年末からすでに京都で開始されていて、その後、明治、大正、昭和、平成と、一時期途絶えたものの、復活して続き、来年の151年目が平成の最後の『相楽祭』となる。

 

全国の赤報隊ファンが遺品に詰めかけていましたw

 

その後、、、

 

お弁当を食べて、、、 

マスヤに帰ったあと、僕は上着を文化センターに忘れてきたことに気づくw

とりあえず、時間がないので先に午後の部が行われる相楽塚へ!!

 

諏訪大社の若い神主さんは2月に僕の厄払いをしてくださった方でしたw

 

 

というわけで、いろんな方々のご挨拶が終わり、、、

この日、めっちゃ暑かったw

 

そして、僕は上着を文化センターまで取りに帰って、、、

 

ここも去年と同じく、

・子孫の方々

・歴史好きなおじいちゃん達

・赤報隊好きな女子

という謎の赤報隊コミュニティですw

 

赤報隊好き女子は、

アラフォーはやっぱり「るろ剣」世代なのですが、高校生や20代前半の方も来ていて、その方々はこの場にもいる▼月岡帆恣郎先生の世代らしく、、、

 

「月岡帆恣郎先生がいる!!」

とすごく興奮して、▼サインをもらっていましたw

 

あとは、去年も来ていた九州から毎年来ている女性や、去年は話できなかったですが、その後、twitterでお話した女性(上條椿さん)もおられました!

 

彼女らはこの先日、千葉の鎌ヶ谷で行われた赤報隊の隊士の▼渋谷総司のイベントにも行かれていたそうです。うーむ、マニアック!!w

かまがや散歩: 2018.03.03 渋谷総司 没後150年 memorial 講演会

 

そして、、、

 

後日、各種▼ニュースサイトでも取り上げられました!!

下諏訪の魁塚で相楽祭150年祭 | 信州・市民新聞グループ

Nagano Nippo Web » 来月1日「相楽祭」150年祭 下諏訪

研究者語る赤報隊 相楽祭150年祭記念講演(長野日報) 明治維新の先駆けとして活躍しながら偽官…|dメニューニュース(NTTドコモ)

 

 

僕はマスヤに帰り、、、

めちゃくちゃ疲れが襲ってきたので、マスヤのコタツで爆睡w

 

起きると、またせんりがいたw

wwww

 

で、僕は東京に帰らずにマスヤバーのカウンターでボーとしてたw

おまえかよwww

 

 

そして、、、

延泊決定!w

 

そうこうしていると、先ほど、相楽会でお会いした上條椿さんから@ツイートが!

 

そうこうしていると、ゲストが次々とチェックイン!近所の方々も飲みに来て、、、

×東條さん○東城さん

 

このお米、めっちゃ美味しかったです!!!

マスヤでの自炊がまた楽しくなりました!!

 

 

で、再びマスヤバーのカウンターに座り、炊いたご飯と「だんらん」の残り物を頂きます!w

というわけで、この夜もタダ酒をいただき、かなり酔っぱらいましたw

夕方も酔っぱらっていたのにww

 

そして、消灯時間が来たので、ドミに横になる!!

 

 

というわけで、

相楽総三について、改めて僕なりに考えてみる。 

 

とてつもなく裕福な家に生まれた相楽総三。

 

彼にとって、『おカネ』はそれほど重要ではなく、

『四民平等』の社会をつくること

のほうが大事だったんじゃないかな??

 

これは『ベーシックインカムハウス』のオーナーのカイリュー木村氏と似ていて、

「おカネがあり過ぎるゆえのミニマリスト」

に近いと思う。

 

おカネがすでにありすぎて『賢者モード』になってしまっているパターンw

 

むしろ、

『富の再分配』のほうに興味がいってしまっているパターン

だったんじゃないかな??

 

そんな相楽総三は、新政府の財源はほとんど無視して、

「『四民平等』ありき」

の世の中を作ろうとしたんじゃないかな??

 

 

対する西郷隆盛や岩倉具視はずっと貧しい生活をしていた。

 

さらに、新政府はおカネがない上に、

列強諸国が日本を植民地にしようと虎視眈々と狙っていた。

 

この時代に『年貢半減』は財源としては無理ゲーだったんだろうな。

なので、10日で撤回し、赤報隊にも帰還命令を出した。

 

ここで帰還しなかった相楽総三を突き動かしたのが『理想』であり、

新政府側が帰還を促したのが『現実』だったんだろうなぁ。

 

 

その77年後の1945年に世界も日本も『終戦』を迎えた。 

 

僕がこの直前に読んでいた▼『やさしいベーシックインカム』によると、 

やさしいベーシック・インカム

やさしいベーシック・インカム

 

 

「戦後の日本が平和だったのは平和憲法のおかげ」 

 と書いてあったけど、

僕はそうは思わない。

 

単に、人類が核の発明によって、

「武器の『生産性』」

がカンストしただけだと僕は思っている。

 

(ちなみに僕は、ベトナム戦争・湾岸戦争・イラク戦争は『戦争』ではなく、単なる『空爆』で、その目的は『戦争』ではなかった、という考え方です)

 

その後、日本は家電製品や車等の武器以外のプロダクトの生産に勤め、世界史にも稀に見る高度経済成長時代に突入する。

 

が、日本は21世紀を迎え、

「プロダクトの『生産性』」

自体もカンストした。

 

▼『ミニマリスト』の出現もその一例に過ぎないと、僕は考えている。 

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

 

 

相楽総三の唱えた『四民平等』は、1868年時点では壮大な『理想』だった。

それは客観的な事実だろう。

日本の軍事力は弱く、そして、貧しかった。

 

しかし、その後の人類の核の発明で、

「武器の『生産性』」

がカンストし、

 

日本は高度経済成長により、

「プロダクトの『生産性』」

もカンストした。

 

日本は世界一レベルで豊かになった。

 

けど、未だに社会システムは相楽総三が生きていた時代と変わらないくらい不平等で、江戸時代と変わらないくらいに『古い世界』に日本人は生きていると僕は思う。

 

赤報隊の終焉から150年が経った今、

相楽総三の唱えた『理想』は『現実』になってもいい頃なんじゃないか?

と思った。

 

「『四民平等』ありき」で成立している社会。

それは世界最先端の社会だ。

 

世界一レベルで平和で、豊かになった日本社会には『夜明け前』がそろそろ来てもいい頃なんじゃないか?

と、

僕は『相楽祭150年祭』の日の夜に思った。