A1理論はミニマリスト

ゲストハウスと下諏訪が好き。

欲ふかき鷹はその爪の裂るを知らず。(滝沢馬琴)

ミニマリスティックですな!馬琴さん!!

曲亭馬琴 - Wikipedia

(wikiによると『滝沢馬琴』という名は明治以降に流布した名前らしいです)

 

さすが、若い頃、放蕩無頼の放浪生活を送っており、

母の臨終の際には馬琴の所在がわからず、兄たちの奔走でようやく間に合った

だけのことはある!!

 

なかなかの『るろうに』ですな!!

しかし、かえるちゃんも、うさぎちゃんも笑えないエピソードです!!w

 

まさに、兄たちによる、

難捜!馬琴発見伝!!w

 

滝沢馬琴―百年以後の知音を俟つ (ミネルヴァ日本評伝選)

滝沢馬琴―百年以後の知音を俟つ (ミネルヴァ日本評伝選)

 

 

そして、wikiによると馬琴は、、、

規則正しい生活

非常に几帳面で、毎日のスケジュールはほぼ同じだった。朝6 - 8時の間に起きて洗面を済まし、仏壇に手を合わせたあと、縁側で徳川斉昭考案の体操を一通りし、朝食。客間で茶を飲んだあと、書斎に移り、前日の日記を記したのち、執筆作業に入る。

 

に、似ている!!

作品に『リアリティ』を追求し続ける、▼この人に!!!w

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okite.hatenadiary.jp

 

 

で、先ほど、馬琴のwikiを読んでて知ったのですが、、、

ほとんど原稿料のみで生計を営むことのできた日本で最初の著述家である。

だそうです!!

 

馬琴までは著述のみで生計を立てることは不可能だったんですねぇ。

 

▼活版印刷というテクノロジーにおいて、

活版印刷 - Wikipedia

江戸中期以降、▼木版印刷が可能になったらしいので、、、

木版印刷 - Wikipedia

 

こういう、

「文章だけで飯を食う人」

が誕生しはじめ、日本ではその最初の人が滝沢馬琴だったんでしょうねぇ。

 

 

まるで、90年代の『インターネット』というテクノロジーの上に、2000年代にブログ、SNS、スマホが普及しはじめ、

「ブログだけで飯を食う人」

が誕生した2010年代の現代と同じ状況なんじゃないかと思います。

 

ブログ飯 個性を収入に変える生き方

ブログ飯 個性を収入に変える生き方

 

 

馬琴は、

執筆よりも校正に苦しめられた日々だったという

新しい記事作成よりも、過去記事のリライトばかりしていたんですね、わかりますww

 

 

さて、この記事のタイトルの言葉、

欲ふかき鷹はその爪の裂るを知らず。

 

意味は▼こういう感じらしいです。

欲の熊鷹股裂くる - 故事ことわざ辞典

 

熊鷹が二頭の猪をつかんだところ、猪は驚いて左右に分かれて逃げ出したが、どちらも逃がすまいと放さなかったっために、股が裂けて死んでしまったという昔話から。


「熊鷹」とは、タカ科の大きな鳥。
「欲の熊鷹股から裂ける」とも。

 

熊鷹とは▼こいつですな。 

クマタカ - Wikipedia

 

 

馬琴は極貧家庭に生まれ育ち、読本でヒットを飛ばして富や名声を得ても、なおも書き続け、旺盛に創作活動を続けた。

73歳で失明しても、息子の嫁に口述筆記してもらって(今でいうスマホの音声入力?)死ぬまで執筆を続けた。

 

それはおそらくおカネ目的ではなく、純粋に、

「書き続けること」自体が好きな文筆家だったんだろうなぁ

と思う。 

 

 

僕はちょうど今日、▼こんなつぶやきをしていました。

 

▼この記事は先日、ヒメネー様と大阪で話した内容が反映されている気がしますw

専業ブロガーはつまらなくなる説 - ヒメネー日記

 

ブログで食べていくということは自分の利益を考慮することです。

 

純粋に記事がつまんなかったり、嘘情報(自分が得するため)や、仲間内だけのアゲアゲ記事に寄ってくるので専業ブロガーになることは良くないと考えています。

 

利益のために、つまんなくなった人やプライドを捨てた人は沢山います。

 

そんな僕は、今日、この11月が乗り切れただけで満足していましたw

 

そして、▼こんなブログ記事を見つけました。

イケハヤ界隈をまとめた図を作ってみたらかなり酷かった件 - あなたそれ、甚だナンセンスだわよ!

 

 

まぁ、しかし、僕も、いわゆるプロブロガー()と呼ばれる人達が、

「ブログで儲けて自由になろう!!」

と言うのもわかるし、それに惹かれる人の気持ちもわかる。

 

もう平成も終わるというのに、未だに昭和の制度が残る新卒一括採用一辺倒な日本社会では、『新卒カード』を失うことに9割以上の日本人が恐怖しているだろうし、そこにしがみついて病んでしまった人、死んでしまった人も僕は実際に何人か見てきたし、他人から聞いてきた数に関してはもう数えきれない。

 

そんな状態のボーダーライン上にいる人たちがこの日本の中にどれだけの数いるのかということは想像に固くない。

 

けどねぇ、、、

 

そういう『弱っている人』って、僕の言葉で言うと、

「『操作系能力者』に操作されやすい状態」

「『イルミの針』が差しやすい人」

なんですよねぇ。

 

そんな人たちからなけなしのカネを巻き上げるのはいとも簡単だ。

戦後の新興宗教が信者たちからものすごい額のカネを巻き上げたのと同じだ。

 

もう、いくらでもぶんどれる。

『イイネ!』じゃなくて『言い値!』w 

 

しかし、それは結局、

最終的に『欲ふかき鷹』になるだけなんじゃないか?

と僕は思う。

 

最初は、自由から抜け出すための『手段』だったブログが、

結局は、『弱っている人』からカネを巻き上げるための『目的』になってしまっている気がする。

 

それって、結局、弱っている労働者をサビ残・休出で搾取しまくっているブラック企業と変わらないのでは???

と、僕なんかは思ってしまう。

ミイラ取りがミイラになってるだけだと思う。 

 

 

そんなことを言うと、

「結局、A1理論、おまえは『右』なのかよ??『左』なのかよ??いつもどっちも批判してるけど、結局、どっち側なんだ???」

と言ってくる人が必ずいる。

 

僕はそういう人には、いつもいつも、

「おまえはいつまで頭の中が55年体制なんだ。。。ベルリンの壁はとっくになくなっとるぞ。。。」

と言いたくなるけど、言っても理解できないだろうから黙っているw

 

結局、僕は、

「自分の頭で考えている人」

が好きなんだろうな。

 

自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう

 

 

なので、右でも左でも、

『操作系能力者』

は嫌いだけど、

『操作系能力者に操作されている人』

にも、

「なんだかなぁ。。。」

って感想を抱いてしまう。

 

まさに、▼小林よしのりの『脱正義論』ですなぁ。 

新ゴーマニズム宣言スペシャル脱正義論

新ゴーマニズム宣言スペシャル脱正義論

 

 

 

ところで、馬琴の代表作の▼『南総里見八犬伝』は全98巻!106冊の大作!!

南総里見八犬伝 - Wikipedia

 

いやぁ、もう▼ジョジョ並みの超大作ですよ!!

 

失明した後も、口述筆記で書き続けたなんて、これはもう、本当に『ライフワーク』ですな。

『命懸けの仕事』という意味でw

 

今までの本もバカ売れしていただろうから、書き始めた時点でカネもそこそこあっただろうし、読者のはからいで息子は陸奥国梁川藩主・松前章広出入りの医者になっていたくらいだから、名声もかなり轟いていただろう。

 

なのに、文字通り、『命懸け』で執筆し続けた。

 

やっぱり、馬琴は▼こう言いたかったんじゃないかな??

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そして、やっぱり▼こうだったに違いないww

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上に紹介した▼この本の、、、

滝沢馬琴―百年以後の知音を俟つ (ミネルヴァ日本評伝選)

滝沢馬琴―百年以後の知音を俟つ (ミネルヴァ日本評伝選)

 

 

Amazonの内容紹介には▼こうある。 

滝沢馬琴(1767-1848) 江戸後期の戯作者。


貧しい下級武士に生まれながら、戯作という天職を得た馬琴は、失明などの障害を乗り越えて誠実にその著作に明け暮れた。

本書では、『南総里見八犬伝』等の著作に見られる馬琴の知的感性を読み取りつつ、初の本格的職業作家としての生涯を描き出す。

 

 

○百年(ももとせ)以後(のち)の知音(ちいん)を俟(ま)つ


『八犬伝』の刊行開始から二四年経った文化十一年(一八三七)に、これまでを回顧した言葉より。

 

『八犬伝』は当代稀に見るベストセラーになりながら、

作品の真意を理解してくれる人はほとんどいないのでは

と馬琴は悲痛な思いを吐露した。

 

なるほど。

 

SNSもなかったこの時代。

どれだけ著書が一方的に売れても、真に、

『自分が言っていること』

を理解してくれる人はいないように思えて馬琴は悲しくなったんじゃないかな?

 

やっぱり、馬琴にとって、おカネや地位や名声よりも、

『自分の言っていることを理解してくれる人』

のほうが大事だったんだろう。

 

 

なので、

「百年(ももとせ)以後(のち)の知音(ちいん)を俟(ま)つ」

と言ったのだろう。

 

富や名声よりも、

「100年以上のち、『私の言っていることを理解してくれる人』が現れることを願っている!」

と想い、馬琴は死んでいったのだろう。

 

まるで、文学界の▼黒田官兵衛じゃないですか。

okite.hatenadiary.jp

 

 

馬琴は

「息を引きとり候まで学問はすべし」

と言ったそうだが、

馬琴にとって、文章を書くことは『ビジネス』ではなく、あくまで『学問』の一種だったんじゃないかな???

 

 

しかし、100年どころか、170年以上経っても、この国には、

『欲ふかき鷹』

な物書きだらけなことを、日本最初の『プロ著述家』は、あの世でどう思っていることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ていうか、何年もブログ書いているのに、未だにミニマリスト生活費分さえも稼げずに、しぶしぶ職業訓練校に通っている、こんなビンボーブロガーの記事が『バズってどうする!?』